京都大学は11月14日、細胞内に存在するタンパク質の1種であるシチジン脱アミノ化酵素「APOBEC3」が能動的にゲノムに変異を導入し、発がんに関わる可能性があると発表した。
成果は、京大 医学研究科に高折晃史教授、同・新堂啓祐特定病院助教、同・篠原正信研修員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間11月13日付けで英国のオンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載された。
発がんは、ゲノム(宿主DNA)における遺伝子変異の蓄積の結果であり、従来よりその誘導因子として、紫外線、放射線、化学物質などの外来性因子が知られている(画像1)。
近年の次世代シークエンサーを用いたゲノムの網羅的解析により、さまざまながんにおける、さまざまな遺伝子変異が報告されているが、それらの中で、多くのがんにおいては、C→T(相補鎖ではG→A)への変異が圧倒的に多数を占めていることがわかってきた(画像2)。
また、乳がんに関するゲノムの網羅的解析により、C→Tがゲノムの一部に偏って集積することなどから、APOBEC3が原因ではないかとの推測がなされるようになってきたのである(画像3)。
研究グループはこの偏りには何らかの原因があると考え、以下の理由からAPOBEC3こそが原因と推測して研究を進めてきた。
APOBEC3は、細胞内の抗ウイルス因子として同定された分子群だが、その本態は、DNAやRNAにCからTの変異を導入する遺伝子編集酵素だ(画像4)。そのプロトタイプである「APOBEC3G」は、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)が複製する際にできるウイルスの1本鎖DNAにC→Uへの変異を導入することで、最終的にウイルスゲノムに多数のG→Aへの変異を導入し、HIV-1の複製を阻害する(画像5)。
APOBEC3ファミリータンパク質の中で、「AID」(画像4の上から2つ目)はB細胞の「イムノグロブリン遺伝子(=抗体遺伝子)」の多様性を生み出すのみならず、発がんへの関与も示唆されている。しかしながらAIDはこれら多くのがんで発現が認められず、すべてのがんの発がんを説明することは不可能だ。
研究グループは今回、これらの酵素の中で、APOBEC3BがヒトのゲノムにC→T(G→A)の変異を導入すること、血液悪性腫瘍の1つである悪性リンパ腫で高発現しており、リンパ腫細胞においてがん遺伝子にC→Tの変異を惹き起こしていることを突き止めた。
これは、細胞内に存在する酵素という内在性因子が、発がん遺伝子変異のソースであるという新たな発がんメカニズムと新規がん遺伝子の概念を提唱するものだ。研究グループは今後、乳がんなどほかのがんに関してもAPOBEC3Bの発現が発がんに関わっている可能性を検証していきたいとしている。
またこれらの研究を通じて、APOBEC3Bの発現や酵素活性を調節することにより、新たながんの制御法、特に予防や進行阻止につながる可能性があるとした。