慶應義塾大学(慶応大)は、ある化合物を用いることで、傷害を受けた角膜の感覚神経を再生することに成功したと発表した。
同成果は、同大医学部生理学教室の岡野栄之 教授、同眼科学教室の榛村重人 准教授、大日本住友製薬らによるもので、米国誌「PLOS ONE」に掲載される。
角膜は、瞳の黒いところの表面にあり、外界から光を目の中へとりこむ、いわば目のレンズの働きをしている。視覚を構成する光学系の入り口にあたり、上皮、実質、内皮の3層構造で、高い透明性を持ちつつ、そのバリアー機能により化学物質や病原体などの外的刺激から眼球内部を保護している。
この眼球を保護する機構の中では、角膜の知覚とそれに続く瞬目(まばたき)が重要で、これらは角膜の知覚は三叉神経第1枝である眼神経が司っているが、知覚が障害されるとまばたきの機構が乱れ、外的刺激からの防御能力が低下するほか、角膜の神経障害により創傷治癒が遅延し、さらには角膜潰瘍を生ずる場合がある。
また角膜移植手術や屈折矯正手術においては三叉神経第1枝が切断され、角膜知覚の低下は数年にも及ぶことが知られているが、現在まで三叉神経第1枝が断裂した場合の感覚神経を再生させる有効な手段はなかった。
今回、研究グループは、神経線維が蛍光発色する遺伝子改変マウスに野生型マウスの角膜を移植して、術後の感覚神経の再生を観察した。角膜移植をすることで、角膜内の神経線維はすべて一度切断され、この角膜を移植したモデルマウスでは、再生した神経線維が移植した角膜の周辺部から蛍光発色する線維として観察される。そこに大日本住友製薬が見出したセマフォリン3A阻害剤を投与すると、神経線維の再生が促進していることが観察されたという。また、角膜の知覚を担う感覚神経であることを示すために、瞬目反射(異物に対するまばたき反応)を測定したところ、セマフォリン3A阻害剤を投与したマウスでは知覚が有意に回復したことが判明した。
角膜移植手術や、現在研究が進められている再生医療では角膜の組織を再生させることを目的としているが、こうした角膜の手術では、角膜の神経が順調に再生し回復するかどうかが重要と言われている。そのため研究グループでは、今回用いられたセマフォリン3A阻害剤の効果により、角膜の感覚神経の再生を促す薬剤として、角膜手術の術後管理のみならず、角膜の上皮・実質細胞の創傷治癒、再生医療の進歩に貢献することが期待されるとコメントしている。