――廣村さんは、有楽町ロフトをはじめとした数多くの商業施設のサインデザインも手がけていらっしゃいます。今回、"水族館だからこそ"配慮した点などはありますか?

商業施設のデザインというのは、時代性を切り取る作業なんです。それはそれなりの戦略を立てて行っていきますが、生き物を扱う施設とはやはり異なりますね。

水族館のように生き物を扱う施設は、商業施設だけでなく、ほかのアミューズメントとも違う意味合いを持っていると考えています。この水族館を訪れた子どもの強い記憶に残り、その後の人生というと大げさですが、その人の意識を制御することになりかねない場所なんです。ですから、いい状態で、いい情報を記憶にとどめてあげたいということをまず考えましたね。

同館の目玉のひとつである「水といのちのたわむれ」は、セミオープンの巨大な水槽でペンギンと触れあうことができる

そういった点で、すみだ水族館の入り口すぐに設置されている「ネイチャーアクアリウム」はすごく重要なポイントだなと思っているんですね。あの展示は、水草の光合成で発生した酸素を水槽内の生物が呼吸に使い、その呼吸で発生した二酸化炭素は水草が光合成に利用しています。つまり、地球の成り立ちと同じことを示していて、こういったことを最初に表示する水族館は素晴らしいと思います。

でも、やはり子どもは生き物がおどけているような様子が好きなんですね。だから、ペンギンだとか、そういった生き物たちも大切になってきますが、こういったこともセットで見てもらう。何度目かに訪れたときに、「あれ? あそこの水槽の中の木や草が前よりも育っているよ」と気づいてくれるようなことになったらいいですね。

――サインデザインで一番難しいと感じるのはどんなことですか?

そうですね、サインデザインで一番難しいのは、「ないほうがいい」というところだと思うんです。サインデザインというのは本当にかわいそうなデザインで、ないのが一番なんです。"何も説明がなくてもそこに何があるのかわかる"、あるいは"案内する人がいる"のが一番の理想です。

だから、不特定多数の人が訪れるところには特にサインが多いでしょう。駅や空港、百貨店、高速道路などですね。今後は、カーナビのように技術的に解決できることは出てくるでしょうし、もしかしたら、水族館に入ったとたん、脳の中に館内の概略がインプットされるようなことが可能になるかもしれない。そうなれば、もうサインは必要ありません。けれども、現段階ではなかなかそこまでいかないので、サインデザインというデザイン分野が確立されているのです。

僕は、サインデザインでは合理的な機能のデザインをすることが大切なんだとずっと思っていたんです。でも、実はそうではなくて、感覚に訴えかけるところがないとサインデザインは成立しないだと気づいたんですね。サインデザインとは、環境や空間がもつ本質的な意味をデザインに乗せて表すことなんです。

――廣村さんのデザインは、一貫して優しい印象を受けるものが多いのですが、これにはどういった理由があるのでしょうか?

それは、見た人にゆっくりと情報を伝えるためですね。"速さ"は近代デザインの重要な要素ですが、速すぎるものは完全にコントロールできないですよね。

そこで、デザインの中でも"速いもの"と"ゆっくりしたもの"を考えていかないといけない。私はゆっくりしたものが良いと考えているので、意図的にそういった方向性を選んでいるように思います。

――ありがとうございました。