国立循環器病研究センター(国循)は11月1日、心臓移植後に心臓の表面を取り巻く血管が細くなる「冠動脈狭窄」の患者に対して、日本で初めて人工心肺を使用しない冠動脈バイパス術を実施し成功したことを発表した。これまで日本では、移植後の冠動脈狭窄に対してPCI(ステント治療)を施行した症例はあったものの、冠動脈バイパス術を要した患者はいなかったという。
日本では1999年に初めて脳死下提供による心臓移植が行われて以来、2012年10月末までに全国で142例の移植例が報告されており、そのうち50例が同センターが施行したものだという。
2010年の移植法改正以降、心臓移植数は増加傾向にあるが、国際心肺移植学会の統計によると心臓移植後の10年生存率はおよそ50%程度であり、長期成績に関しては、まだ医学的な課題が残されている。中でも主要な死因である「移植後冠動脈病変(慢性拒絶反応とも言われる)は、移植後の患者における重要な経過観察項目の1つとなっている。
移植された心臓は宿主自身の組織と異なるため、これを排除しようとする働きが生まれる。これがいわゆる免疫反応(拒絶反応)となるわけだが、それらを抑えるために患者は複数の免疫抑制剤を組み合わせて一生涯にわたり内服する必要がある。
この移植後冠動脈病変のメカニズムは完全には解明されておらず、冠動脈狭窄といった形で出現することとなる。冠動脈狭窄はいわゆる「狭心症」と同じ形態ながら、心臓移植後は神経がつながっていない「除神経心」であるため、冠動脈狭窄があったとしても狭心痛は出現しないため、患者は胸痛を感じることができず、突然死のリスクを負うこととなっており、同センターでも患者に対し、年1回の冠動脈造影と血管内超音波検査(IVUS)を行うことで、早期発見に努めてきたとする。
今回、人工心肺を使用しない冠動脈バイパス術が施行されたのは、2008年に拡張型心筋症のため同センターで心臓移植を受けた40歳代の患者。上述のような定期検査を受けていたが、2012年9月下旬の定期検診における冠動脈造影とIVUSにおいて左主幹冠動脈に90%の狭窄が発見されたことから、同10月上旬に人工心肺を使用しない心拍動下冠動脈バイパス術を施行したという。
手術は4時間44分で終了し、患者の容体は安定していたことから、翌日の早朝に抜管し、術後2日目で移植病棟へ移りリハビリを開始。術後1週間後に施行した造影CTでは良好なグラフトの開存が確認され、術後17日目に退院となり、現在は自宅で生活を送っているという。この経過について同デンターでは、心移植後の冠動脈バイパス術は通常の冠動脈バイパス術と異なり、再手術であり癒着が高度であること、前回の手術の影響で内胸動脈の採取が困難であること、などから周到な準備と正確な手術が要求されるほか、人工心肺を使用すると免疫力が落ちて、移植患者では問題になるが、そうしたものを用いないで済むため、感染を起こさずに済んだこともあるとの見方を示す。
また、今回の手術の意義は日本で心臓移植が定着し、成熟してきたことの1つの表れと考えられるとコメントしているほか、成功したことの意義として、移植後の患者が有するリスク(移植後冠動脈病変)の解決策が、日本人の得意とする人工心肺を使用しない心拍動下冠動脈バイパス術で安全に行えると具体的に提示できたことにあるとしている。
なお、同センターでは、、移植後患者さんがますます増えてくる今後は、マンパワーの確保と設備の充実が必要とされることから、治療においてはこれまで通り、内科と外科の潤滑な協力関係のもと、合意の得られた治療方針の決定と安定した手術の達成、ならびに移植後の経過観察と治療の充実により、本当の意味での成熟した心移植治療の達成を図っていきたいとしている。