京都大学(京大)は10月26日、ヒトの胚性幹(ES)細胞・人工多能性幹(iPS)細胞から心筋細胞に効率的に分化を促進させる新しい小分子化合物を発見したことを発表した。
同成果は同大 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の中辻憲夫 拠点長、同 上杉志成 教授、同 饗庭一博 講師、同 南一成 研究員、iPS細胞研究所(CiRA)の山本拓也 助教(iCeMS京都フェロー)、リプロセルらによるもの。詳細は米科学誌「Cell Reports」電子版にて公開された。
心臓病は世界の病気による死因の中で1位、日本でも2位であり、細胞移植による機能回復が図れる再生医療の早期実現が求められている。この移植用の心筋細胞の材料として、無限に増殖でき、あらゆる細胞へ分化することができるヒトES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞が注目されているが、ヒト多能性幹細胞から心筋細胞へのこれまでの分化誘導方法には、再生医療に応用するためには解決しなければならないいくつかの課題がある。
第一の課題として、従来手法では心筋細胞の割合が10~60%程度であり、分化誘導効率が低く、また心筋細胞以外の細胞はがん化などのリスクを高めるといった可能性がある。第二の課題としては、従来手法で分化させた心筋細胞は多くの場合、成人型ではなく胎児型の心筋細胞であるため、成熟した機能的な心筋細胞を得ることができなかった。第三の課題として、分化誘導に高価なタンパク質(サイトカインやホルモンなど)を必要とするため生産コストがかかるという問題もある。そして最後、第四の課題として、細胞培養液にウシ血清などヒト以外の動物由来成分が含まれているため病原性のリスクといったことも懸念されている。
今回、研究グループは、心筋細胞だけでGFP(緑色蛍光タンパク質)を発現するように加工したES細胞を用いて、心筋分化を促進する化合物を約1万種の化合物から選び出し、これに似た類似化合物を作りだすことで、効果の高い小分子化合物を発見(KY02111と命名された)し、数種類のES/iPS細胞株でKY02111の心筋分化効率を調査した。
また分化した心筋細胞について、心筋特異的分子の遺伝子発現の解析、ジョン・ホイザー iCeMS教授のグループによる電子顕微鏡を用いた細胞内構造解析、電気生理学的な解析などを行ったほか、KY02111化合物の細胞内シグナル伝達系への影響を調べるため、DNAマイクロアレイ解析などを行った。
こうした各種の調査・解析の1つとして、心筋細胞でのみ発現するGFP遺伝子を導入したサルES細胞を用いて、KY02111の心筋分化促進効果を調べたところ、KY02111を入れなかった対照細胞に比べ、入れた場合の心筋細胞で発現するGFP蛍光量が約70倍に増加していることが確認された。
また、ヒトES細胞株やヒトiPS細胞株、さらにマウスES細胞株においてもKY02111が顕著な心筋分化促進効果を持つことが確認され、これにより、KY02111はヒト多能性幹細胞の株に依存せず、生物種を越えて安定して心筋分化促進効果があることが示された。
次に、KY02111を入れた培地で培養したiPS細胞を用いてDNAマイクロアレイ解析を行ったところ、WNTシグナルによって制御されている遺伝子群の発現量がKY02111により減少していることが分かり、KY02111が新規のWNTシグナル阻害剤であることも明らかになった。これらの結果により、KY02111がWNTシグナルを効果的に抑えることで心筋分化を促進していることが示されたのである。
また、高効率で、高価な増殖因子を使わず、そして感染リスクを伴う動物由来因子を使わない心筋分化誘導法の確立を目指し、WNTシグナル伝達を阻害もしくは活性化する試薬をKY02111以外にも試したところ、心筋分化の初期にはWNTシグナルを活性化する小分子化合物を加え、後期にはWNTシグナル阻害剤であるKY02111などの小分子化合物を加えることで、最大98%の心筋分化効率を得ることができ、かつそれらWNTシグナルに関与する小分子化合物のみを使い、動物成分を用いない分化誘導法の開発に成功。これにより高純度の心筋細胞をES/iPS細胞から生産することが可能となったのに加えて、低コストで臨床グレードの心筋細胞を生産できるようになったという。
さらに今回の研究で得られた心筋細胞は、心毒性試験に重要な分子が機能的に発現しており、心毒性試験に使用可能であることがリプロセルとの共同研究により明らかとなった。また、心室筋・心房筋マーカー分子の発現によって成人型の心室筋細胞に近いことが明らかとなったほか、整然とした筋原繊維や筋小胞体が観察されたことにより、今回の研究で得られた心筋細胞は従来の方法より比較的成熟した心筋細胞であることが判明したという。しかし、心筋細胞の遺伝子発現レベルや電気的性質の点において、まだ完全な成人型心筋のレベルまでは成熟していないため、この点は今後の課題となっていると研究グループでは説明する。
今回の成果で得られた成果を活用していくことで、今後はより正確な成人心臓に対する毒性結果の取得が可能になるかもしれないという。また、心臓病患者の細胞から樹立したiPS細胞株由来の心臓病モデル細胞がより成人心筋に近い形で作成できることから、それらの解析を通じて、心臓病の病態の解明および治療法の開発につながる可能性もあると研究グループは指摘。
さらに、KY02111はWNTシグナル伝達を阻害する分子であり、これを活用することで生物発生からがんに至るまでのさまざまな現象に関わる同シグナルが関与する医生物学分野の研究の進展も図れる可能性があるともコメントしている。