水産総合研究センターは10月19日、近年、日本海北部での減少が著しく、かつ仔稚魚飼育において、適切な初期餌料が給餌出来ず、さらに栄養の付加が出来なかったために飼育が困難とされてきたスケトウダラの仔稚魚飼育技術を開発、すでに2万7000尾の稚魚を得たことを発表した。

スケトウダラはかまぼこの原料となるすり身や卵巣を加工したタラコに利用される日本の北方海域の重要な水産資源だが、日本海北部では近年資源の減少が著しく、回復を目指したさまざまな取り組みが実施されている。元来スケトウダラは資源量の変動が大きく、合理的に管理しつつ資源を回復してゆくためには、仔稚魚期の分布および成長・生残などの初期生態や、それらが環境変動などにより、どのような影響を受けるかを把握して資源量を予測することが重要となる。しかし、これらの情報を野外調査のみから得るには多大な労力と経費が必要となるが、人為的に制御された環境下での飼育実験から得られる情報を活用することができれば効率化を図ることが可能になると考えられてきた。

しかし、冷水性魚類であるスケトウダラの仔稚魚飼育は、いくつかの機関でこれまでも試みられてきたが、仔魚期の段階でほとんどが減耗して稚魚期まで育ったのは数尾程度に留まっていたことから、飼育は困難とされていた。

こうした状況を鑑み、水産総合研究センター北海道区水産研究所ではスケトウダラの仔稚魚飼育技術の開発に着手。仔稚魚飼育に必要な受精卵を得るために、2012年1月に北海道内浦湾(噴火湾)湾口部で産卵回遊してきた天然親魚を釣りにより入手、北海道大学北方生物圏フィールド科学センターと協力して屋内水槽へ活け込み、約40尾を水槽内での自然産卵に供した。

産卵用水槽へ活け込んだスケトウダラ親魚

こうして得られた受精卵のうち、27万粒を宅配便で北海道区水産研究所厚岸庁舎まで輸送して卵管理を行った結果、23万尾のふ化仔魚(ふ化率85%)を得る事が出来たが、これらのふ化仔魚を用いて飼育試験を行うためには、初期餌料生物(ふ化後最初に与える活き餌)であるシオミズツボワムシ(動物プランクトンの1種)の飼育水温にあった低温耐性の株を育成する必要があったという。

ふ化直前卵とふ化仔魚(バーのサイズは1mm)

というのも、シオミズツボワムシは通常多くの海産魚の飼育水温である16~23℃で培養されるが、これらをそのままスケトウダラのような冷水性魚類に用いると低温のため飼育水槽内で維持・成育ができず、衰弱して沈下・死亡し、水槽底で腐敗し始めて水質悪化を引き起こす原因となってしまうためである。そのため、餌料として有効に利用するには、浮遊遊泳している仔魚が常に摂餌できる状態にあること、すなわち餌料生物自体も飼育水槽内で浮遊遊泳していることが必要となる。

初期餌料のシオミズツボワラシ(Brachionus plicatilis)(バーのサイズは100μm)

これらの条件をクリアするため低水温でも増殖能力と運動能力を有する低温耐性シオミズツボワムシを育成することから始めたところ、スケトウダラ受精卵がふ化した2月上旬には、培養水温8℃で10%前後の日間増殖率を示し、低温飼育水中でも活力維持が可能なシオミズツボワムシの培養に成功したという。

この低温耐性ワムシを用いて3段階の水温(5℃/8℃/11℃)でスケトウダラ仔魚の飼育試験を行ったところ、いづれの水温でも開口直後のふ化仔魚がワムシを摂餌するのが確認されたほか、成長に伴い摂餌個体数も増していき、全長7mmに達するまでは90%以上の生残率が得られたとする。

しかしそれ以降(11℃では14日齢齢以降、8℃では19日齢以降、5℃では23日齢以降)に急激な大量死亡が見られ、全長10mmまでの生存率は1~25%に低下。一般に海産魚の成育にはエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのn-3系高度不飽和脂肪酸(n-3HUFA)が必須であり、成育過程でこれらが欠乏すると仔魚の大量死亡を引き起こすことが知られている。

そのため、研究チームではこうした栄養欠乏乏に備えるため、飼育試験ではワムシにn-3HUFAを含有する市販の濃縮淡水クロレラを与えて培養したが、結果として、仔魚への投与後に残存する過程でワムシが飢餓状態となることにより、栄養欠乏症を引き起こしたことが考えられた。

このため、2回目の飼育試験では仔魚の飼育水中にも常にn-3HUFAを含有する濃縮淡水クロレラを一定密度で添加して飼育を行ったところ、全長10mmで32%、全長40mmで13.8%(8,500尾)の生残率が得られた。そして3回目の飼育試験では、栄養強化剤を用いてワムシの脂肪酸含量を高めたところ全長10mmで80%、全長40mmで21.0%(1万8500尾)の生残率が得られ、スケトウダラ仔魚の脂肪酸要求量が高いことが確認されたという。

ワムシを摂餌したスケトウダラ仔魚(10日齢、バーのサイズは1mm)

現在、これら2万7000尾の稚魚は水槽内で元気に泳ぎ回りながらその出番を待っているとのことで、研究チームでは今後、さまざまな条件下での飼育実験を実施し、初期生活史に関わる情報の蓄積を図り、資源の変動要因の解明を進めていき、スケトウダラ資源の回復と漁業の安定化を目指していきたいとしている。

左と中央:スケトウダラ飼育水槽での群泳、右:スケトウダラ稚魚(110日齢、全長72mm、バーのサイズは10mm)