理化学研究所(理研)は10月8日、「アトピー性皮膚炎」の発症に関連するゲノム領域に関して、新たに8つの領域を発見したと発表した。

成果は、理研ゲノム医科学研究センター 呼吸器疾患研究チームの玉利真由美チームリーダー、同・広田朝光研究員、九州大学、慶応義塾大学、東京慈恵会医科大学を中心とする共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月8日付けで科学雑誌「Nature Genetics」オンライン版に掲載され、印刷版にも掲載の予定だ。

アトピー性皮膚炎は、アレルギー反応が関与して生じる皮膚過敏やかゆみによって皮膚をかきむしる行動が特徴的な皮膚の慢性炎症であり、アトピー体質という遺伝要因が関係する病気である。発症や進展の仕組みについては、未だによくわかっていない。

治療ガイドラインの普及で皮膚炎を良好にコントロールすることは可能となったが、既存の治療法では効果が少ない難治例も存在するため、アトピー性皮膚炎の科学的な病態の解明と、予防法・治療法の確立が急務となっている。

一方、近年になって「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」により疾患関連遺伝子を見つける方法が確立され、アレルギーに関連する疾患についても病態の解析が進んできているところだ。GWASは仮説を立てることなく、多数のヒトサンプルを解析することにより、その疾患の遺伝要因として重要なゲノム領域を特定する手法である。

これまでGWASで発見されたゲノム領域には、しばしばその疾患の治療の標的分子が含まれていることから、アトピー性皮膚炎の疾患関連領域を特定すると、その中にアレルギー反応の緩和に効果がある標的分子が含まれている可能性があると考えられる状況だ。

研究グループは、アトピー性皮膚炎の遺伝要因を明らかにするため、日本人のアトピー性皮膚炎1472人と非患者7971人について、ヒトゲノム全体に分布する約60万個の「一塩基多型(SNP)」のGWASを行い、統計学的に比較検討し、アトピー性皮膚炎の発症と関連しているSNPを探索した。

さらに探索したSNPについて、別に集めたアトピー性皮膚炎1856人と非患者7021人で追認解析を行い、結果の再現性を確認。共同研究機関と文部科学省委託事業「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」から提供されたDNA試料が使用された。

その結果、これまでに世界で行われたアトピー性皮膚炎のGWASにより発見された7つのゲノム領域の関連の再現性を確認し、新たに8つのゲノム領域「2q12(IL1RL1/IL18R1/IL18RAP)」、「3p21.33(GLB1/TMPPE/CRTAP/SUSD5)」、「3q13.2(CCDC80)」、「6p21.3(MHC領域)」、「7p22(CARD11)」、「10q21.2(ZNF365)」、「11p15.4(OR10A3/NLRP10)」、「20q13(CYP24A1/PFDN4)」に存在するSNPでP値(偶然にそのようなことが起こる確率で、低ければ低いほど関連があることを示す)が、5×10-8未満と低いことを確認し、これらの領域が日本人のアトピー性皮膚炎へのかかりやすさに強く関連していることを見出したのである(画像1)。

画像1。アトピー性皮膚炎に関連する8つのゲノム領域

これまで見つかっていた7つの領域に今回発見した8つの領域が加わり、合計15カ所のアトピー性皮膚炎に関連するゲノム領域がわかった。それらの領域には皮膚バリア機能に働く遺伝子、獲得免疫に働く遺伝子、炎症反応に関わるIL-1ファミリーのシグナル伝達に関連する遺伝子、炎症抑制に働く遺伝子、炎症や感染で過剰な応答を抑制する制御性T細胞で働く遺伝子、感染症反応などで重要なビタミンDの代謝に働く遺伝子が含まれ、それらの重要性が示唆された。

また、今回発見した領域2q12、6p21.3と、すでに発見されていた領域11q13.5、5q31の4つは、気管支ぜんそくのGWASにより疾患関連領域としてすでに報告されている。つまりアトピー性皮膚炎と気管支ぜんそくには共通の遺伝要因が存在するとわかった。なお、今回発見した8つのゲノム領域は以下の通りだ。

2q12:この領域は、IL1RL1、IL18R1、IL18RAP遺伝子を含む。IL1RL1は、ぜんそくに関連しているとされる「IL(インターロイキン)-33」の受容体として働く。また、IL-33は寄生虫感染防御に重要な役割を果たし、アレルギー疾患のメカニズムに関わるとされる「Th2サイトカイン」産生の誘導を介し「IgE」産生の増強、およびTh2型炎症を引き起こす。

3p21.33:この領域は、GLB1、TMPPE、CRTAP、SUSD5の4つの遺伝子を含む。最近、アトピー性皮膚炎の病勢を客観的に評価する指標としてTARCというタンパク質の血中濃度が測定されている。興味深いことにこの領域は、TARCの受容体であるCCR4に隣接する。

3q13.2:この領域は、CCDC80という遺伝子を含む。この遺伝子は、皮膚の角化細胞分化に関わる転写因子や免疫細胞の抑制に関わる短タンパク質の誘導に関与することが報告されている。

6p21.3:この領域は、MHC領域内に存在し、今回発見した8つの領域の中で、アトピー性皮膚炎との関連が一番強い(P値が一番低い)ことが判明。MHC領域内には、感染や免疫応答に重要な役割を果たす遺伝子が数多く含まれている。気管支ぜんそくの発症に関わる領域でもあることがわかった。

7p22:この領域は、CARMA1というタンパク質に翻訳されるCARD11遺伝子を含む。CARMA1は、T細胞受容体やB細胞受容体を介したT細胞の活性化、およびT細胞の分化とTh2サイトカイン産生に重要な役割を果たす。

10q21.2:この領域は、EGR2遺伝子を含む。EGR2は、免疫系の過敏な反応を調節する調節性T細胞(Regulatory T cell)の一部に強く発現し、末梢の免疫寛容に重要な役割を担うとされるT細胞のアナジー誘導に必要であることが報告されている。

11p15.4:この領域は、OR10A3とNALP10という2つの遺伝子を含む。OR10A3遺伝子の詳細な機能は不明だが、NLRP10に関しては炎症を抑制する役割が報告されている。最近、樹状細胞による獲得免疫の始動にもNLRP10が重要な役割を果たすことが明らかとなった。

20q13:この領域は、CYP24A1遺伝子を含む。CYP24A1は、活性型ビタミンDの代謝酵素だ。ビタミンDは感染免疫応答において重要な役割を果たしていること、疫学調査によりビタミンDの血中濃度が低いとアトピー疾患罹患リスクが増加する傾向が報告されている。

今回、新たに見つかったアトピー性皮膚炎の発症に強く関与するヒトの8つのゲノム領域は、関連領域には皮膚バリア関連遺伝子、感染や炎症で働く免疫関連遺伝子が多数含まれており、病態での重要性が示唆された。

また、アトピー性皮膚炎と気管支ぜんそくに共通する関連領域も判明。これらの知見は、アレルギーマーチの原因究明や今後の臨床研究の仮説立案に役立つと考えられるという。

現在、培養細胞やマウスモデルを使った研究により、アトピー性皮膚炎の治療標的分子の発見が盛んに試みられているが、今回のような多くのヒトサンプルを用いたゲノム研究は、実際のヒトの疾患での重要な標的分子の絞り込みにも役立つ。今後、これらの領域に含まれる遺伝子について機能を詳細に調べることで、アトピー性皮膚炎の病態解明が進むと期待できると、研究グループは語っている。