東京大学は10月1日、大阪大学と東北大学の協力を得て、骨形成やインスリンシグナルに関わるタンパク質「Enpp1」のX線結晶構造を解明することにより、骨疾患や糖尿病の発症メカニズムの一端を明らかにしたと発表した。
成果は、東大理学系研究科 生物化学専攻の濡木理 教授、同・石谷隆一郎 准教授、同・西増弘志 特任助教、同・博士課程1年の加藤一希氏、大阪大学タンパク質研究所の高木淳一 教授、東北大学大学院 薬学研究科の青木淳賢 教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、10月第1週に米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載される予定だ。
骨はカルシウムイオンと無機リン酸が結合した「ハイドロキシアパタイト」からできており、骨の形成はカルシウムイオン、無機リン酸、およびピロリン酸の濃度のバランスによってコントロールされている(画像1)。
カルシウムイオンと無機リン酸は骨形成を促進する一方で、ピロリン酸は骨形成を抑制するのが役割だ。Enpp1タンパク質は「アデノシン三リン酸(ATP)」などの「ヌクレオチド三リン酸」を加水分解しピロリン酸を産生することで過剰な骨形成を抑える役割を持ち、Enpp1の遺伝子変異は重篤な骨疾患につながることが知られている。
画像1は、骨の形成とEnpp1の働きをまとめた模式図だ。Enpp1は細胞外のATPを「アデノシン一リン酸(AMP)」とピロリン酸に分解する。その一方で、細胞膜結合型の酵素「TNAP」は、ピロリン酸を2分子の無機リン酸に分解する仕組みを持つ。無機リン酸は骨形成を促進し、ピロリン酸は骨形成を抑制する。
したがって、Enpp1の遺伝子変異は「異所性石灰化」を伴う骨疾患を引き起こし、TNAPの遺伝子変異は骨の「低石灰化」を伴う骨疾患を引き起こしてしまう。
そして画像1の左下にあるのが、Enpp1の結晶構造。「触媒ドメイン」と「ヌクレアーゼ様ドメイン」はシアン色とマゼンタ色で、2つの「ソマトメジンB様ドメイン」はオレンジ色と茶色の大きな球で示されている。触媒ドメインに結合したAMP分子(加水分解により、ATPからピロリン酸が除かれた分子)を緑色のスティックモデルだ。
さらに、Enpp1は「インスリン受容体」と結合しインスリンシグナル経路を抑制する機能を持ち、Enpp1の遺伝子多型は肥満や2型糖尿病と関連していることが報告されている。しかし、Enpp1がどのような分子機構によって2つの異なる生理機能を発揮しているのかは不明だった。
研究グループは今回、マウスのEnpp1タンパク質を高純度に精製し、その性質を詳細に検討。Enpp1は細胞外のヌクレオチドを基質とし分解することが知られていたが、その基質特異性は不明だった。
そこで、さまざまなヌクレオチド三リン酸を用いてEnpp1の酵素活性が測定されたところ、Enpp1は体内のエネルギーの通貨といわれるATPを最も効率よく加水分解し、ピロリン酸を産生することがわかったのである。
さらにX線結晶構造解析により、Enpp1とヌクレオチドの複合体の立体構造が調べられた。その結果、Enpp1は2つのソマトメジンB様ドメイン、触媒ドメイン、ヌクレアーゼ様ドメインの4つのドメイン(タンパク質の構造的なひとかたまりのこと)からなり、ATPは触媒ドメインに結合し、酵素活性部位と特異的に相互作用することがわかった(画像2)。
これらの結果から、Enpp1が細胞外に豊富に存在するATPを加水分解し、ピロリン酸を産生する分子機構が明らかとなった次第だ。
また骨疾患と関連する遺伝子変異は、触媒ドメインやヌクレアーゼ様ドメインのアミノ酸残基の置換を引き起こし、Enpp1の立体構造を不安定化させることも判明(画像2)。
すなわち、これらの遺伝子変異が起きるとEnpp1は正しい立体構造をとることができなくなり、ピロリン酸の産生活性が低下し、骨疾患の発症に至ると考えられた。
一方、肥満や2型糖尿病と関連する遺伝子多型は、酵素活性部位とは離れたソマトメジンB様ドメインに存在しており(画像2)、生化学的解析からソマトメジンB様ドメインは酵素活性には必要ないことが確認されたのである。
画像2は、Enpp1の結晶構造の拡大図。骨疾患と関連するアミノ酸残基は灰色の球で示されている。さらに、酵素活性部位に結合したAMP分子を緑色のスティックモデルで、Enpp1に結合した糖鎖を灰色のスティックモデルで示している。結晶構造解析により柔軟に動きうることが示唆された2つのソマトメジンB様ドメインはオレンジ色と茶色の球で示されている。
以上の結果から、Enpp1の触媒ドメインとヌクレアーゼ様ドメインが骨形成に関与し、ソマトメジンB様ドメインがインスリンシグナルに関与していることが示唆されたというわけだ。
大規模な遺伝子解析によってEnpp1の遺伝子変異が骨疾患や糖尿病を引き起こすことは10年以上前から知られていたが、Enpp1の遺伝子変異が病態につながる分子機構はほとんどわかっていなかった。
今回の研究により、Enpp1が骨形成やインスリンシグナルに関わる分子機構、および、Enpp1の遺伝子変異が疾患と関連する分子機構がはじめて明らかとなった形だ。今回得られた知見は、Enpp1が関与する疾患の治療薬の創薬基盤となることが期待されると、研究グループはコメントしている。