新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は東京大学(東大)大学院薬学系研究科の加藤大 特任准教授が、光を照射すると、内包した薬剤を放出する小包みの役割をはたすゲルを開発したことを発表した。同成果は、9月27日~28日に東京国際フォーラムにて開催される「イノベーションジャパン2012」の「NEDO支援先研究者による研究開発成果の発表」において説明が行われる予定。

酵素などの化学物質は変性・失活しやすいため、生体内で必要とされる場所や時間に、必要な強度で機能を発現させるといった自由度の高い使い方はできなかった。そのため、従来は安定性を高め失活しにくくするために化学物質の一部を安定な構造に変換したり、機能OFF状態からON状態へ切り替えるスイッチの働きを持たせるために特殊な化学修飾を行うなど、煩雑で高価な化学物質の改変が必要となっていた。

今回の研究では、化学物質はそのままで、化学物質を包み込む箱(小包み)に注目し、場所・時間・強度の情報を伝達する手段として光を利用し、光により内包する化学物質を機能抑制状態から機能発現状態へ移行させる小包み、の作製が検討。その結果、機能性物質を内包する光分解性材料の小包みを用いる方法「PARCEL法(Protein Activation and Release from Cage by External Light)」が考案された。PARCELは、英語で"小包み"を意味することから、化学物質という荷物を中に入れて外部からのダメージより荷物を守り、目的の場所に送達後、光により小包みが開き、必要量の荷物が取り出されて、化学物質の機能を発揮するという開発された材料の役割期待を的確に表現する名称だという。

図1 ゲルの網目構造を利用した物質の機能制御法(機能の抑制と発現)

小包みを作る材料としては、格子状の網目構造を形成する材料が用いられる。具体的には内包する薬剤を閉じ込めるために、4つの手を持ったX字型分子のそれぞれの手の末端部分に化学的に結合可能な結合ユニットを持たせた。このX字型分子の結合ユニットを使って、網目構造を形成した。この網目構造の格子点間に、光照射により開裂する光開裂ユニットも組み込み、薬剤を内包したゲルに光照射すると、光開裂ユニットが切断され、網目が崩壊してバラバラになり、内包していた薬剤の放出が起こる仕組みで、波長365nm付近の紫外光を数秒間照射すると分解が起こり、効率的に内包物が放出されるという。

図2 X字型分子の化学構造

ゲルの網目が大きい、隙間の多い構造であっても、分子量が4万程度の大きなサイズの化学物質は閉じ込め可能であったという。しかし、それより小さなサイズの化学物質では光未照射でも網目から漏れ出すため、閉じ込めが困難であったことから、小さな網目のゲルを開発した結果、分子量が300程度の小さな化学物質も閉じ込めが可能となったという。これにより明確な機能OFF状態とON状態の切り替えができる光崩壊性ゲルの設計としては網目サイズが重要であり、内包する化学物質に最適な網目サイズのゲルを使用すると、種々の化学物質の閉じ込め/放出が可能になることが判明したという。

図3 網目サイズの制御例(サイズ応じた化学物質の閉じ込め/放出が可能)

PARCELゲルは光照射を受けるまでは内包物を安定に保管し、光照射によってゲルの網目が崩壊することにより内包物を放出することから、化学物質が機能を回復(発現)する「場所」、「タイミング」、「強度」を光刺激によって高精度に制御することができることから、例えばゲル閉じ込め時の安定性が向上するため、時間が経つと活性が消失してしまうような酵素などの保存ができるようになるほか、直径20~200nmの粒子形状も作製可能であることから、細胞内における光照射による特定部位のみの機能発現や、照射スポットを絞り込むことで、細胞内の局所のみの機能発現などが可能になるという。

なお、加藤特任准教授は、今後の展開として、乾癬のように光照射が容易な治療法として頻用されている皮膚疾患治療への適用に向けた研究を進めるほか、DNAと結合すると強い蛍光を発する化学物質をPARCELゲルに内包させ、ゲルをDNAと接触させても、光未照射ではDNAに応答しないこと、光照射後はDNAに応答して蛍光を発することを確認しており、これが光によって駆動開始する一種のDNAセンサ素子と考えられることから、化学物質の機能を時空間制御することで、副作用の少ない次世代型の医療技術の開発などにも取り組んでいくとしている。