理化学研究所(理研)は9月5日、鳥類の発生過程で傍鼓膜器官を形成する細胞群(原基)を新たに発見し、「傍鼓膜器官原基」と名付け、傍鼓膜器官がサメなどの軟骨魚類に見られる感覚器官、呼吸孔器官に由来することを明らかにしたと発表した。同成果は理研 発生・再生科学総合研究センター 感覚器官発生研究チームのRaj Ladherチームリーダー、Paul O'Neill 研究員らと、英国ケンブリッジ大学のClare Baker博士、米国アイオワ大学の研究者らによるもので、英国のオンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

鳥類の中耳に見られる傍鼓膜器官は、液体に満たされた小さな袋状の器官で、その内側に、機械的な刺激を受容する有毛細胞が配置されている。

図1 ニワトリ胚の傍鼓膜器官(PTO)とサメの呼吸孔器官(SpO)の類似性。両者は発生過程において同様の部位から生じる(A、B)。両器官は成熟すると袋状の構造をとり、内側の片面に有毛細胞が配置される(C、D)

傍鼓膜器官は、靭帯のような結合組織で鼓膜とつながっているため、気圧の変化に伴う鼓膜のわずかな動きが伝わる。その結果、傍鼓膜器官が変形して内部の液体に動きが生じ、それを有毛細胞が検知して脳に神経信号を伝えると考えられている。

この有毛細胞は、魚類や両生類では側線器官と呼ばれる一連の感覚器官で発達し、周囲の水の動きや微弱な電流を検知している。サメなどの軟骨魚類では、側線器官の1つとされる呼吸孔器官が存在し、顎と接続してその機械的な動きを検知している。この呼吸孔器官と鳥類の傍鼓膜器官の間には多くの類似性が存在している。例えば、ともに有毛細胞を持つこと、機械刺激を受容すること、構造が似ていること、解剖学的な位置が似ていること、脳への神経接続の様式が似ていることなどが挙げられ、こうした類似性から、側線器官は陸生となった羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)では失われているものの、鳥類の傍鼓膜器官だけは側線器官の例外的な生き残りだとする考えがあった。

一方で、1980年代に行われたニワトリ胚を用いた組織追跡実験では、傍鼓膜器官は魚類の側線器官をつくる原基とは根本的に異なる顔面神経節原基から形成されることが示された。また、鳥類は一般的に側線器官を持たないことからも、鳥類の傍鼓膜器官と軟骨魚類の呼吸孔器官は進化的に無関係であるとする考え方が現在の定説となっており、今回の研究では、遺伝子発現解析を含む最新の実験手法を用いることで、傍鼓膜器官の発生学的由来や進化的由来の検証に挑んだ。

まずニワトリ胚の傍鼓膜器官の原基をより詳細なレベルで観察するため、有毛細胞の形成に関わるSox2遺伝子の発現を解析した。その結果、Sox2は顔面神経節原基ではなく、そのすぐ隣で発現していることを発見した。このことは、顔面神経節原基とは異なる原基が存在していることを示唆すものとなったという。

図2 新たに発見された傍鼓膜器官原基。(A)は傍鼓膜器官原基(赤)と顔面神経節原基(一番左の黄)との位置関係を示した模式図。(B~E)は孵卵約67時間後のニワトリ胚の写真。傍鼓膜器官原基はSox2を発現しているが、上鰓原基のマーカー遺伝子であるPax2、Sox3、Delta1は発現していない。このことから、傍鼓膜器官原基と上鰓原基の1つである顔面神経節原基とは異なるものであることが分かる

さらに、Sox2を発現する細胞群の動きを追跡したところ、発生の進行に伴って傍鼓膜器官とそこから顔面神経節へと伸びる神経細胞を形成することが判明。これらの結果から、傍鼓膜器官を形成するのは顔面神経節原基ではなく、すぐ隣のSox2を発現する領域であることが判明し、この領域を「傍鼓膜器官原基」と名付けることとしたという。

同原基は、傍鼓膜器官と神経細胞の両方を形成することから、1つの感覚器官を形成する原基として十分なものだという。また、傍鼓膜器官原基から形成される神経細胞と、顔面神経節原基から形成される神経細胞を比較したところ、遺伝子発現や形成される時期、細胞の大きさ、脳への接続位置などが異なることも確認された。特に傍鼓膜器官から伸びる神経細胞は顔面神経節を経由して脳に接続していたものの、顔面神経節原基に由来する神経細胞とは独立の回路を形成していることが確認され、この結果は、鳥類の顔面神経節は一般的な神経節とは異なり、2種類の神経節が融合したものであることを示唆するものであり、このような神経節の特徴が、これまで傍鼓膜器官が顔面神経節原基に由来するものと考えられていた一因である可能性があるとする。

図3 傍鼓膜器官原基は独自の神経細胞を形成する。(A)は傍鼓膜器官(PTO)から顔面神経節へと神経細胞が伸びる様子。これらの神経細胞だけがBrn3a遺伝子(赤)を特異的に発現している。(B)はAの黄色部分の拡大図。傍鼓膜器官の神経細胞(赤)は傍鼓膜器官の基底膜(緑)を破って伸長する

次に、傍鼓膜器官と顔面神経節の発生メカニズムを比較するために、ウズラ胚とニワトリ胚の交換移植実験を実施。ウズラとニワトリは近縁種であるため、上皮組織の一部を交換移植しても発生することが知られているほか、抗体を用いた染色法により、移植した組織だけを識別することができる。最初にウズラ胚の顔面神経節原基とその周辺の前駆組織を摘出し、ニワトリ胚の対応する部位に移植したところ、その移植片は正常に傍鼓膜器官と顔面神経節を形成した。その一方、ウズラ胚の顔面神経節原基とは別の部位の前駆組織をニワトリ胚の先と同じ部位に移植したところ、顔面神経節の細胞は形成されるものの、傍鼓膜器官は形成されないことが判明した。器官を形成する前駆組織は、周辺細胞からの誘導シグナルによって適切な原基を形成し、各器官へと分化することが知られているが、今回の結果は、移植された先の部位が同じであるのにも関わらず、移植する部位によって傍鼓膜器官は形成されないというものであり、これは傍鼓膜器官と顔面神経節の発生が異なる仕組みで制御されていることを示すものであるという。

図4 ウズラ胚とニワトリ胚の交換移植実験。ウズラ胚から顔面神経節原基とその周辺の前駆組織(g)、または耳の前駆組織(o)をニワトリ胚に移植した場合は、その組織片が傍鼓膜器官と顔面神経節の両方を形成したが、他の場所を移植した場合は、顔面神経節しか形成されなかった。このことより、傍鼓膜器官と顔面神経節が別の発生メカニズムに制御された独立した器官であることが示唆された

傍鼓膜器官と呼吸孔器官が多くの点で類似していることに加え、今回発見された傍鼓膜器官原基は、その位置が軟骨魚類の呼吸孔器官の原基と一致しており、このことから、傍鼓膜器官は進化的に呼吸孔器官に由来していることが明確になったという。一般的に、呼吸孔器官は側線器官の一部だと考えられているため、鳥類にも側線器官が保存されていることになるが、研究グループでは、そもそも呼吸孔器官は側線器官ではないと考えているとしている。それは、軟骨魚類の呼吸孔器官は側線器官の原基とは異なる原基から生じることや、呼吸孔器官の構造や機能が他の側線器官とは明確に異なることが理由で、それに加えて今回、側線器官を持たない鳥類に、呼吸孔器官だけがその機能を変えて維持されていることが示されたが、逆にある種の魚類では、側線器官が維持されながらも呼吸孔器官だけが消失していることが知られていることから、呼吸孔器官と側線器官は、それぞれ異なる発生メカニズムによって形成された根本的に異なる器官であることが示されたとしている。

今回の成果は、進化の過程で失われたと考えられていた軟骨魚類の感覚器官が、その機能を変化させて鳥類でも保存されていることを示したもので、哺乳類でも、空を飛ぶコウモリでは保存されている可能性があると研究グループではコメントしているほか、傍鼓膜器官は、生物が器官の機能を変化させ、種を越えて別の器官として再利用した例だと言え、傍鼓膜器官は、そのような進化と環境適応のメカニズムを明らかにするための非常によいモデルになると考えられると述べている。