生理学研究所(NIPS)は、ヒトを含むほ乳類が備える化学物質センサ「TRPA1チャネル」の機能が、脊椎動物種間でどの程度多様であるのか、またどういった進化過程を経てきたのかを調べた結果、「ニシツメガエル」と「グリーンアノールトカゲ」のTRPA1チャネルはほ乳類のTRPA1チャネルを活性化する刺激性の化学物質により同じく活性化され、化学物質に対する感受性が保存されていることが判明したと発表した。

また、温度感受性についてはニシツメガエルとグリーンアノールトカゲのTRPA1チャネルは高温の刺激で活性化すること、ニシツメガエルにおいてTRPA1チャネルは、別の高温のセンサである「TRPV1チャネル」と同じ感覚神経細胞に発現していることも確認されている。

成果は、NIPS 岡崎統合バイオサイエンスセンターの齋藤茂特任助教、同・富永真琴教授、鳥取大学の太田利男教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、8月31日付けで「The Journal of Biological Chemistry」に掲載された。

痛みは動物が損傷を受ける可能性のある刺激を感じるために必要な感覚であり、生存に欠かせないものだ。ヒトなどのほ乳類では、ワサビやシナモンなどの香辛料や排気ガス、煙草の煙に含まれるさまざまな化学物質も刺激を感じ取ることができ、そのセンサとして「TRPA1チャネル」が働いている。

TRPA1チャネルの機能が脊椎動物種間でどの程度多様であるのか、また、どういった進化過程を経てきたのかを調べるために、研究グループは両生類のニシツメガエルと爬虫類のグリーンアノールトカゲのTRPA1チャネル遺伝子をクローニングしてその機能の調査を行った。

その結果、ニシツメガエルとグリーンアノールトカゲのTRPA1チャネルはほ乳類のTRPA1チャネルを活性化する刺激性の化学物質に同じく活性化され、化学物質に対する感受性が保存されていることがわかった。

ほ乳類ではTRPA1チャネルは低温で活性化されるという報告があることから(ただし、温度刺激により活性化されないという報告もある)、温度感受性についても検討。すると、ニシツメガエルとグリーンアノールトカゲのTRPA1チャネルは低温ではなく、高温の刺激により活性化されることが判明した(画像1)。

また、ニシツメガエルにおいてTRPA1チャネルは、別の高温のセンサである「TRPV1チャネル」と同じ感覚神経細胞に発現していることが確認され(画像2)、両者が協調的に高温を感じるために働いていることもわかったのである。

画像1は、アフリカツメガエル卵母細胞にニシツメガエルTRPA1チャネルを人工的に発現させて、各種の刺激に対するイオン電流を測定した結果。ニシツメガエルTRPA1は低温では活性化されなかったが、高温とシナモンに含まれる「シンナムアルデヒド(CA)」により活性化された。

画像2は、ニシツメガエルの感覚神経である「後根神経節(DRG)神経細胞」の応答の結果。高温、シンナムアルデヒドおよびTRPV1チャネルを活性化する「カプサイシン(Cap)」により活性化された。これはTRPA1とTRPV1チャネルが同じDRG神経細胞で働いていることを示している。

画像1。アフリカツメガエル卵母細胞にニシツメガエルTRPA1チャネルを人工的に発現させて、各種の刺激に対するイオン電流を測定した結果

画像2。ニシツメガエルの感覚神経である「後根神経節(DRG)神経細胞」の応答の結果

昆虫においても、TRPA1チャネルは刺激性の化学物質および高温のセンサとして働いていることから、TRPA1チャネルは動物の進化過程の初期にこのような機能を獲得し、その後、脊椎動物の祖先種においても維持されていたと考えられる(画像3)。

画像3は、TRPA1とTRPV1チャネルの機能の進化過程。これまで解析されたTRPA1とTRPV1チャネルの特性(右表)に基づいて機能の進化過程が推定された。TRPA1チャネルは動物の初期の進化過程ですでに高温と刺激性の化学物質感受性を獲得し、その特性は脊椎動物の祖先種でも維持されていた。しかし、脊椎動物の進化過程においてTRPA1チャネルの温度に関わる機能は種間で変化した。新たな高温センサとしてTRPV1チャネルが脊椎動物の祖先種で獲得されたことが影響したためと考えられる。

画像3。TRPA1とTRPV1チャネルの機能の進化過程

ところが、ゼブラフィッシュで温度感受性を喪失する、またヘビの赤外線センサ「ピット器官」で新たな生理機能を獲得する、などTRPA1チャネルの機能は脊椎動物種間で多様化している。これは、TRPV1チャネルが脊椎動物の祖先種で新たな高温センサとして獲得されTRPA1チャネルと同じ感覚神経細胞に発現するようになったことから、TRPA1チャネルが必ずしも高温センサとしての機能を維持しなくてもよくなり、それぞれの種で機能を変えることができるようになったためと考えられるという。

また、ほ乳類のTRPA1チャネル阻害剤がニシツメガエルとグリーンアノールのTRPA1チャネルには作用しないことも確認された。このようなTRPA1チャネルの種間多様性は、阻害剤が作用する際の分子メカニズムの解明に役立つと期待されると、研究グループはコメントしている。