農業生物資源研究所(生物研)は、イネの3大病害を引き起こす、「いもち病菌」、「ゴマ葉枯れ病菌」、「紋枯れ病菌」が、植物が分解できない多糖「α-1,3-グルカン」で表面を覆うことにより、イネの生体防御システムの1つである「自然免疫」から菌体を保護している仕組みを明らかにしたと発表した。

成果は、生物研 植物科学研究領域 植物・微生物間相互作用研究ユニットの西村麻里江主任研究員、同・藤川貴史特別研究員(現・農研機構 果樹研究所)、同・坂口歩特別研究員、生物研 遺伝子組換え研究センター 耐病性作物研究開発ユニットの南栄一上級研究員、同・西澤洋子上級研究員、香西雄介特別研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、8月24日付けで病原菌分野の専門誌「PLoS Pathogens」に掲載された。

植物は動物と同様、自然免疫と呼ばれる生体防御システムを持っており、外から侵入しようとする病原菌などの異物は、このシステムによって最初に認識され、攻撃される仕組みだ。

病原菌には菌類(カビ・キノコなど)、バクテリア、ウイルスなどがあるが、中でも菌類は世界の主要作物に対して大きな農業被害を与えている。品種改良により病原菌に対する抵抗性品種を作り出すことのできる作物もあるが、このような作物は限られているのが現状だ。

そのため、病原菌が植物の自然免疫が働かないようにする仕組みを明らかにできれば、効果的に病気を防ぐ新規技術の開発につながると期待されていた。

植物の自然免疫により異物として認識されるものとして、多くの菌が共通して持つ「細胞壁」由来の成分などが知られていた。しかし病原菌は、自然免疫が認識する成分を持っているにも関わらず、植物に感染することが可能だ。

これらのことから、病原菌は植物の自然免疫が働かないようにする特別の仕組みを持つと考えられてきたが、その仕組みは、これまでほとんど明らかになっていなかった。

植物の自然免疫は、菌類の細胞壁構成成分の1つである「キチン」を認識すると菌への攻撃を開始する。生物研ではこれまでに、イネの最大病害であるいもち病の原因となるカビのいもち病菌が、イネに感染する際に「α-1,3-グルカン」という多糖で細胞壁表面を覆うことを発見していた。

イネはα-1,3-グルカンの認識や分解ができないと予想されたことから、いもち病菌はイネ感染時にα-1,3-グルカンで菌体表面を覆うことにより、イネの自然免疫による認識を回避していると推測されたのである。そこで今回は、α-1,3-グルカンの役割を実験的に確認した。

いもち病菌に加え、ゴマ葉枯れ病菌と紋枯れ病菌はイネの3大病害を引き起こすカビたちだ。いもち病菌に強いイネ品種の育成はなされているが、いもち病菌にはイネへの感染性が異なる菌が多くあり、すべてのいもち病菌に強いイネ品種の育成は長期間を必要とするため現実的には困難とされている。

また、ゴマ葉枯れ病や紋枯れ病に強いイネ品種はまだ育成されておらず、さらに、品種改良により複数のカビ病害に対して強くすることは現時点では難しいという。

そこで研究グループは、いもち病菌に加えてゴマ葉枯れ病菌と紋枯れ病菌についても、感染時のα-1,3-グルカンの役割を調べ、病害防除に利用できるかどうかを検討したのである。

生物研では、いもち病菌、ゴマ葉枯れ病菌、紋枯れ病菌のいずれもが、イネへの感染時にα-1,3-グルカンで菌体表面を覆うことで、菌体を植物の生産する抗菌物質から保護すると同時に、イネの自然免疫による認識を回避していることを発見。さらに、紋枯れ病菌ではα-1,3-グルカンが感染中の菌体の維持に必要であることも判明した。

そこで、イネにバクテリア由来のα-1,3-グルカン分解酵素の遺伝子を導入し、この酵素を働かせたところ、イネの3大病害カビに対していずれも強い抵抗性を示すイネ「AGL-rice」を作出することに成功(画像1)。

画像1は、3大カビに対して同時に抵抗性を示したイネのAGL-rice。バクテリア由来のα-1,3-グルカン分解酵素遺伝子の導入により、菌類のα-1,3-グルカンを分解できるようになったAGL-riceは、イネの3大病害カビであるいもち病菌、ゴマ葉枯れ病菌、紋枯れ病菌に対して強い抵抗性を示すようになった。

病原菌に感染したイネの葉は通常褐色に変化するが、AGL-riceでは葉のほとんどは緑色に保たれている。このことから、病原菌の感染が広がらなかったことがわかる。

画像1。3大カビに対して同時に抵抗性を示したイネ

また、菌体表面からα-1,3-グルカンが除去されたいもち病、ゴマ葉枯れ病、紋枯れ病菌をイネの自然免疫が迅速に攻撃することが確認された(画像2)。

画像2は、今回明らかになった病原性カビによる自然免疫回避機構を表した模式図。(A)病原性カビは、まず植物を認識すると植物が分解できないα-1,3-グルカンという多糖で菌体表面を覆う。(B)α-1,3-グルカンで覆われた菌は、植物の自然免疫を回避して感染することができる。(C)酵素などで菌体表面のα-1,3-グルカンを分解して除去すると、自然免疫に攻撃されるようになるため菌は感染に失敗する。

画像2。今回明らかになった病原性カビによる自然免疫回避機構

なお、いもち病菌、ゴマ葉枯れ病菌、紋枯れ病菌は進化上、遠い関係にある。また紋枯れ病菌は、イネだけではなくほとんどすべての植物に感染することが可能なほど強力な菌だ。

また研究グループによれば、イネに限らず、植物はα-1,3-グルカン分解酵素を持っていないため、いもち病菌、ゴマ葉枯れ病菌、紋枯れ病菌と同様、多くの植物病原性菌類がα-1,3-グルカンを利用して植物に感染していると推測されるという。

今回の研究成果は、菌体表面からα-1,3-グルカンを除去することにより、植物の自然免疫を活性化させる新しいタイプの病害防除法への応用が期待できるとする。このα-1,3-グルカンを標的とした防除法では、複数のカビ病害抵抗性を作物に付与させることが可能になると考えられるという。

さらに、これまで効果的な防除法が確立されていない、紋枯れ病菌を初めとした、いくつかの菌類による病害の防除も可能になると期待されると研究グループは語る。また、α-1,3-グルカン分解酵素遺伝子の植物への導入だけではなく、α-1,3-グルカン分解酵素やその生産菌を利用した新規の防除法への展開も期待できるとしている。