高輝度光科学研究センター(JASRI)、京都大学、物質・材料研究機構(NIMS)の3者は7月19日、3次元的に頑丈な「多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer:PCP)」を特定の方向に配列(配向)させたナノオーダーの膜厚を有する結晶薄膜の作製に成功し、この薄膜が可逆的なガス吸脱着反応の機能を有することを確認したと共同で発表した。

成果は、JASRI利用研究促進部門の坂田修身 客員研究員、同藤原明比古 主席研究員、京大大学院 理学研究科 ナノ物質化学特別講座の大坪主弥 特定助教、同化学専攻の北川宏教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」6月13日号に掲載された。

活性炭に代表される吸着剤は、分子を取り込み吸着する役割を果たす物質であり、物質内部に多数の細孔を有することから「多孔性物質」と呼ばれ、幅広く利用されている。

中でも、細孔サイズが2nm以下のものを「ミクロ孔」と呼び、細孔サイズが分子サイズに近いことからさまざまな分子の吸着・分離(分子ふるい)への応用研究が盛んに行われてきた。

高いガス吸着特性と高い規則性(結晶性)を有するPCPは、ガス分子の高効率分離・濃縮機能や空孔内部での反応などさまざまな機能が期待できるため(画像1)、従来の多孔性物質である活性炭やゼオライトに比べ幅広い応用が期待されている。

画像1は、PCPの構築と多様な機能を表した模式図。PCPは、金属イオンと配位子が自己集合することで規則的な骨格を形成する(画像下部)。このようにして形成されたPCP内細孔では、ガス分離、貯蔵、凝縮から触媒反応、高分子合成などが期待され、光など外部刺激による状態や機能変化も期待できる。

画像1。PCPの構築と多様な機能

さらに、設計性や物質群の多様性に優れるため異なる機能を持ったPCPを作製することも可能だ。これら異なる機能を有するPCPを集積することで、高効率な燃料電池など、さまざまなエネルギー関連素子を作製することが可能となる。

このような素子構築には、異種PCPを密着して集積するために、複数種類のPCP膜の結晶の向きをそろえて作製(配向成長)することが必要不可欠だ。しかし、これまでは2次元方向に剛直なPCP以外での配向成長には成功しておらず、機能の多様性と作製した素子の耐久性、集積時の異種PCP間の密着性を実現するためには、3次元方向に剛直なPCPの結晶を配向成長させる技術の実現が切望されていた。

研究グループは今回、配向成長に適切な基板とその表面加工、3次元方向に剛直性を示しながらも成長方向が制御できる骨格形成材料を選ぶことで、配向成長した3次元PCPのナノ薄膜作製に成功した(画像2)。

薄膜の作製は以下の手順で行われた。まず、「4-メルカプトピリジン」のエタノール溶液に金を蒸着した単結晶シリコン基板を浸すことで、「自己組織化単分子膜」を作製し、その後、配位高分子の構成要素となる鉄イオン、「テトラシアノ白金錯体」、「ピラジン」(画像2の六員環で図示)を含む3種類のエタノール溶液に次々に浸す。

これらの一連の手順を30サイクル繰り返すことにより(Layer-by-Layer法)、鉄イオンとテトラシアノ白金錯体から構成される2次元レイヤ(画像2の赤色、灰色、青色で示した正方格子状の面)構造と、柱となるピラジンが交互に導入され、レイヤが柱によって支えられた剛直な3次元の骨格(ピラードレイヤ構造)が、基板上に精密に層数が制御されて生成する。

画像2。結晶配向性3次元多孔性配位高分子ナノ薄膜の作製

得られたナノオーダーの膜厚を有する薄膜は、薄膜を構成する原子数が極めて少ないため、理化学研究所が所有しJASRIが運用している大型放射光施設「SPring-8」の高輝度放射光を用いた精密なX線回折(XRD)を実施することで、初めて結晶構造を評価することが可能となった。

配位高分子ナノ薄膜のXRDを測定することで、基板面に平行方向の情報を含むin-plane配置、基板面に垂直方向の情報を含むout-of-plane配置共に明瞭なピークが観測され、得られた薄膜は面内方向、面外方向共に結晶性であることがわかった(画像3)。

また、バルクの結晶構造から計算して求められるシミュレーションと今回の実験で得られたXRDパターンを比較することで、in-planeで観測されるピークは、鉄イオンとテトラシアノ白金錯体から構成される2次元レイヤ内の周期性のみを反映(画像3(a))。

一方のout-of-planeで観測されるピークは、柱となるピラジンを介した2次元レイヤ間の周期性のみを反映している(画像3(b))ことがわかり、得られたナノ薄膜は完全な結晶配向性を有していることが明らかとなった。

画像3(左)と4は結晶配向性3次元多孔性配位高分子ナノ薄膜のXRDプロファイル。画像3は基板面に平行方向の情報を含むin-plane(面内)配置で、画像4は基板面に垂直方向の情報を含むout-of-plane(面外)配置におけるXRDプロファイルだ。

画像の見方だが、青丸は実験結果、赤線は実験結果のフィッティング、緑線はシミュレーション結果、十字は実験結果における回折線のピーク位置。グラフの左に挿入されている画像は、測定配置の模式図。同じく右に挿入されている画像は、各プロファイルから得られる高分子の周期構造となっている。

各プロファイルにおいてそれぞれ独立な回折線が観測されており、得られた薄膜は面内方向、面外方向共に結晶性であることがわかった。また、バルク構造から求められるシミュレーション(緑線)と今回の実験で観測されるプロファイル(青丸)は非常によく一致している。つまり、in-planeで観測されるピークは2次元レイヤ内の周期性のみを反映し(a)、一方のout-of-planeで観測されるピークは柱となるピラジンを介した2次元レイヤ間の周期性のみを反映している(b)ことから、完全な結晶配向性を有していることが明らかとなった。

結晶配向性3次元多孔性配位高分子ナノ薄膜のXRDプロファイル。画像3(左)は、基板面に平行方向の情報を含むin-plane(面内)配置。画像4は、基板面に垂直方向の情報を含むout-of-plane(面外)配置におけるXRDプロファイル

さらに、得られた結晶性ナノ薄膜を分子サイズの大きいベンゼンを用いて、さまざまな蒸気圧下でのXRD測定も実施。すると、ベンゼンの蒸気圧に応じて、骨格構造を維持しながらも2次元レイヤ間の距離が可逆的に伸び縮みしていることが明らかとなり、ナノ薄膜状態においてもベンゼンの吸脱着が起こっている直接的な証拠を得ることに成功した形だ。

また、分子サイズの大きなベンゼンの吸脱着過程おいてもこのナノ薄膜の構造が安定しており、3次元PCPの特徴である高い剛直性を持つことが明らかとなった。

以上の通り、高輝度な放射光を用いることで、3次元多孔性配位高分子ナノ薄膜結晶の配向成長の様子、得られたナノ薄膜のガス吸脱着機能及び構造の剛直性を、世界で初めて確認することに成功したというわけだ。

今回の研究成果は、高い機能を有しながらも配向成長の難しい3次元多孔性配位高分子を配向成長することに成功し、得られたナノ薄膜の持つガス吸脱着機能と構造の剛直性をSPring-8のX線回折手法とシミュレーションにより検証された。

この成果により、異なる機能を持ったPCPをナノサイズの精密さで集積することで、新たな機能を持った素子(例えば、酸素・水素ガスの分離・輸送・混合・反応の機能要素を効率よく集積した燃料電池など)を作製することが可能であることが明らかになった形だ。今後、ナノ薄膜で作製する素子の研究開発が大きく加速されることが期待されると、研究グループはコメントしている。