九州大学は7月10日、現地調査、遺伝子解析及び形態解析により、沖縄県・西表島(いりおもてじま)に生息するハゼ科の淡水魚で絶滅が危惧されている「キバラヨシノボリ」(国カテゴリ:絶滅危惧IB類[EN])は、回遊魚の「クロヨシノボリ」が徐々に風化や浸食作用などによって河川に滝ができて隔離・「陸封」された結果、それぞれ遺伝的には独立に進化しながらも形態は同一という、「平行進化」の好例であることを明らかにしたと発表した。
成果は、九大 工学研究院の鹿野雄一特任助教らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、7月1日付けで米科学誌「Ecology and Evolution」にオンライン掲載された。
キバラヨシノボリについては、これまでその定義や系統的な位置づけが不明確で、学名さえあてられていないような状況だった。そこで今回の研究は、キバラヨシノボリの進化的な起源や系統を明らかにすることを目的としたて行われた次第だ。
研究は、現在も豊かな生物多様性が残されている西表島で行われた。キバラヨシノボリは奄美諸島から西表島が属する八重山群島にかけて分布するが、特に西表島に数多く生息している。なお西表島でのキバラヨシノボリは、各河川の滝上にしか分布していない。今回の研究では、各滝上のキバラヨシノボリ及びその近縁種であるクロヨシノボリについて遺伝子解読を実施し、比較・解析が行われた。
遺伝子解析の結果、各滝上のキバラヨシノボリは、クロヨシノボリからそれぞれ独立に進化したことが明らかになったのである。各滝上のキバラヨシノボリ間に遺伝的な近縁関係が見られなかった形だ。しかし一方で、色や模様などの形態を定量的に評価した解析ではキバラヨシノボリは場所や遺伝子によらず全体としてほぼ同様の形態を示すことが明らかになった。これらのことから、キバラヨシノボリはクロヨシノボリから平行進化したと考えられる。
一方、クロヨシノボリと各滝上のキバラヨシノボリとの遺伝的距離は、各滝の高さと比例した。例えば、59mあり沖縄県で最も高いとされる「ピナイサーラの滝」の上に生息するキバラヨシノボリはクロヨシノボリと遺伝的に遠く離れているが、低い滝の上に生息するキバラヨシノボリはクロヨシノボリと遺伝的に近いことが確認されたのである。
これはキバラヨシノボリがクロヨシノボリから隔離された歴史を物語っていると考えられるという。滝は地形の浸食作用を受けて徐々に形成されるため、滝の高さはキバラヨシノボリが隔離された時間(=遺伝的距離)を意味すると考えられる。ヨシノボリ類の進化速度はすでに知られており、その値をあてはめて逆算すると、西表島は年間0.67mmほど地形の浸食作用を受けていると推定された。
今回の研究の成果は、絶滅危惧種であるキバラヨシノボリを今後保全していく上で重要な情報となる。各キバラヨシノボリ個体群はそれぞれ独立に進化し、おのおのの固有性を持つことが今回の研究で明らかになった。このことからキバラヨシノボリは全体としてではなく、それぞれの個体群を丁寧に保全していく必要があることが示唆される。
西表島は、イリオモテヤマネコやセマルハコガメなど希少かつ固有の生物が数多く生息し、世界的に見ても原生の自然が残された貴重な島だ。しかし近年はリゾート開発などによってその自然や生物多様性が脅かされつつある。
キバラヨシノボリは西表島の各所に分布しているため、それぞれの個体群を保全することは、西表島全体を保全することに繋るといえよう。このようにキバラヨシノボリはイリオモテヤマネコと並んで、西表島を保全する上での重要な象徴となる可能性を秘めている。
また、生態学において平行進化は、主にトゲウオ類で研究されてきたが、魚類の重要な分類群であるハゼ科魚類についてはこれまで報告がない。さらに、滝の高さの違いにより平行進化の段階的な過程が同時的に見られる点や滝によって平行進化がもたらされる点も初めての報告であり、学術的に興味深いという。
研究グループによれば、今後は、各滝上に生息するキバラヨシノボリが互いに別種であるのかそれとも同種であるのかを明らかにする必要があるとする。どちらの場合でも、生態学的・進化学的に興味深い結果だという。
もし別種であるのなら、西表島には滝上ごとに別種のヨシノボリが局所的に分布することとなり、通常の生物種の分布を考えると、驚くべきことだとした。一方、同種であるならば、遺伝子が必ずしも「種」を定義しないことの好例となるとし、これまた重要な発見といえるだろう。
こうした平行進化が起きた理由は、西表島の河川がかつてはなだらかであって滝がなかったことが考えられる。回遊魚であるクロヨシノボリが、上流域にまで遡上・分布していたと予想されるという。
しかし、風化や浸食作用により各所に滝が形成されることでクロヨシノボリが隔離・「陸封」され、クロヨシノボリとは別の形態を示すキバラヨシノボリへと進化したのだ。
その結果、各滝上のキバラヨシノボリは遺伝的にはそれぞれ独自な進化を遂げたが、一方で形態は同一であり、生態学における大きなテーマの1つである「平行進化」の典型的な例となったと考えられるのである。