東日本大震災の追悼イベントとして、イギリス・ロンドンで開催されたチャリティーアートイベント「NOW&FUTURE: Japan」。

若手キュレーター酒井千波と子供たち

本イベントでは、オノ・ヨーコや塩田千春、アイザック・ジュリアンなどの様々な作品の展示が行われたほか、アーティストや知識人を招いてのパネルディスカッションや、家族で参加できる「ファミリーデイ」ワークショップ、学校向けのギャラリーツアーなどの教育プログラムも実施された。その教育プログラムを担当したのが、26歳の若手キュレーター酒井千波だ。

現在、酒井はロンドンに移り住み4年目を迎える。学習院大学文学部で美術史を専攻した後、渡英。2010年にロンドンのゴールドスミス大学で修士号を取得した。その後もロンドンに留まり、教育関連プログラムに特化したフリーランスキュレーターとしての活動を目指しているキュレーターの卵である。

帰国子女の本田とは対照的に、酒井の初めての留学生活は大学生になってから。華奢で小柄な酒井は、日本人らしい控え目なパーソナリティを持っている。しかし日本を離れ、ロンドンでギャラリーインターンの下積みを重ねてきた彼女の「アートに関わって生きていく」という決意は固い。

"キュレーター(博物館学芸員)になりたい"という想いは中学生の頃から持っていた。学芸員といえば、採用数が少なく就職するのは実に厳しい業界。資格を取っても実際に美術館・博物館へ就職する学生はごく一部だ。酒井の周囲もほとんどが大学卒業と共に一般企業への就職を決めた。しかし、彼女はキュレーションを学ぶため学部時代に1度留学したイギリスへ再び渡ることを決めた。

日本と比較し、美術の教育において先進国であるイギリス。酒井は特に現代アートを扱うテート・モダンやサーペンタイン・ギャラリーなどでのインターンを通し、美術の教育現場を学んだ。今回、「NOW&FUTURE: Japan」で企画した教育プログラムは、そんな彼女のバックグラウンドを活かしたものだった。

「ただ、『募金して終わり』という単発のチャリティーにはしたくなくて。日本での震災がいかに世界中の人たちに共通する問題かという事を、教育プラグラムを通じてロンドンの人々に伝えたかった。どのようなアプローチが最適かスタッフ間で幾度も話し合いを重ねました」と酒井は本プログラムを企画した理由を話す。

取材当日、会場では、地元の小学校の生徒約30名がワークショップに取り組んでいた。彼女はこの日の為に作ったオリジナルブックレットを用意。遊びも織り交ぜながら、子供たちに展示作品を紹介していった。

現地の小学生達を招いて行われたワークショップの様子

ワークショップの最後には「わたしの大切な人」というテーマで子供達に作品を描いてもらった。母親の顔を描く生徒が多い。父親、兄弟、ペットを描く子もいた。出来上がった作品達は、ギャラリーの一角に展示された。はじめは自分の絵を飾るのを恥ずかしそうにしていた子も、先生に手を引かれ絵を壁に貼り出すと、照れた笑顔を見せた。

子供達の作品の側には、他の来場者が募金できるように震災遺児への募金箱と呼びかけのボードを設置した。アーティストの作品オークションには参加できないが、募金をしたいという参加者へ向けたものだ。また、この募金箱を通して子供達に、自分たちもアーティストの一員としてチャリティーに参加しているという意識を持ってもらう狙いがあった。

これらの教育プログラムを運営するにあたって苦労したことは何かと酒井に聞いた。

「スポンサーへの協力依頼の際に教育プログラムの必要性を、時間をかけて伝えなくてはならなかったことでしょうか。また、参加してもらう学校探しも一筋縄ではいきませんでした」

知名度のある美術館でのワークショップとは違い、名前を知られていないチャリティーイベントならではの苦労だった。酒井は近隣の学校を中心に、根気よく1校ずつ電話し、訪問を重ね、本プロジェクトの意図を伝えていった。

「チャリティーなのにここまでやる必要があるの? という意見もありましたが、アートを受動的に『見る』だけでなく、作品を通して『考える』、『話し合う』という所まで展示を深めたかった。結果として参加校の先生からは非常に有意義だったと良い反応を頂けました」

最後に彼女はこう語った。

「ロンドンは日本と距離があるし、震災や津波も多くの人が客観視するだけで終わってしまう。ロンドンに住む日本人として、アートの力を使って出来る事は? 自分に幾度も問いかけながら展示の準備を進めました。「NOW&FUTURE: Japan」チームは、今後も定期的に活動し5年後、10年後も支援を続けていきたいと考えています。資金援助の面だけでなく、アートイベントとしても更に成長させたい」

現在、酒井はテート・モダン、テート・ブリテンの教育課アシスタントとして働きながら、NOW&FUTURE: Japanの会場にもなったギャラリーなどでフリーランスのワークショップオーガナイザーとして活動の場を広げている。

チャリティーイベントを通して出会った日本人の若手キュレーターのふたり。それぞれに確固たる思いを持ち、行動に繋げていたのが印象的だった。数年後、彼女達はどんな飛躍を見せているだろうか。

文:野出木彩