医療で用いられている「陽電子放射断層撮影法」(PET)では、ごく微量の放射性同位体を組み込んだ薬剤(プローブ)を体内に注射し、体外に出てくる放射線を測定して薬剤分子の体内分布を画像化する。理化学研究所の分子イメージング科学研究センターと国立がん研究センターの共同チームは、悪性の乳がんの治療薬そのものに放射性同位体を組み込んだプローブを開発し、14人の患者の病巣や、骨や脳への転移などを撮影・診断することに成功した。

乳がん全体の20-30%は、がん細胞の表面に「HER2タンパク質」と呼ばれる受容体をもつ難治性の「HER2陽性乳がん」で、HER2タンパク質が乳がんの増殖や転移に関係すると考えられている。その治療薬として、HER2タンパク質に結合する抗体を改良した「トラスツズマブ」(商品名、ハーセプチン)が使われ高い効果をあげている。しかし「トラスツズマブ」の適合性の判断や治療効果、がんの進行度の検査のためには、患者に針を刺して組織や体液などを採取する「生検」がそのたびに必要で、患者の大きな苦痛となっていた。

研究チームは、半減期が12. 7時間と短い放射性同位体「銅64」をトラスツズマブに組み入れたPETプローブを作製し、HER2陽性乳がんで治療中の患者14人についてPET検査をした。その結果、最小で直径2.0 センチメートルまでの腫瘍が描出できた。とくに脳への転移の描出に優れ、胸骨・縦隔リンパ節への転移例では、がん組織の縮小する治療効果も確認できたという。

薬剤そのものをPETプローブ化する手法は、トラスツズマブ以外でも可能で、分子イメージング科学研究センターではさらに、大腸がんの抗体医薬「セツキシマブ」(商品名、アービタックス)のPETプローブ化に成功し、動物実験で有効性を確認しているという。

なお、今回と同様に放射性同位体「銅64」を用いたPETプローブとしては、放射線医学総合研究所と順天堂大学医学部の研究チームも、アスベストが原因で発生する中皮腫の特異タンパク質を利用し2010年に開発している。