分子科学研究所(IMS)は5月30日、「白金-コバルト合金触媒」が「燃料電池カソード(陽極)触媒」として働く仕組みをリアルタイムでとらえることに世界で初めて成功したと発表した。

成果は、IMSの唯美津木 准教授および高輝度光科学研究センター(JASRI)の宇留賀朋哉 副主席研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米ワシントン時間5月30日付けで米化学会学会誌「ACS Catalysis」のオンライン版に掲載される予定。

燃料電池は次世代のエネルギー源として、家庭用燃料電池「エネファーム」として普及しつつあると共に、自動車などへの実用化が進められているが、発電性能の向上、高価な白金触媒の劣化対策、および白金使用量の低減化などの課題がある。

そのためには、燃料電池システム内において、発電時に白金系触媒の直接リアルタイム観察を行うことが有効だが、実際には多量の水や燃料ガスが存在するため、そのような観察は難しい。よって、白金系触媒の構造や反応の仕組みを理解することは困難だったのである。

今回、研究グループは、燃料電池のカソード触媒として、白金よりも発電性能や劣化耐久性が優れているがその理由がわからなかった白金-コバルト合金触媒についての調査が行われた。

理化学研究所が所有する大型放射光施設「SPring-8」において開発された、世界最高性能レベルの「高速時間分解XAFS(X-ray Absorption Fine Structure:X線吸収微細構造)法」を用いて観察。

XAFSとはX線吸収微細構造のこと。放射光からの特定のエネルギー領域のX線を物質に照射するとX線吸収スペクトルが得られる。このスペクトルの「吸収端近傍(XANES)」を解析すると、測定対象元素の対称性や価数がわかる仕組みだ。

また、「広域スペクトル(EXAFS)」の解析からは、測定対象元素の周辺にどのような原子が何個、どのような距離で存在するか(局所配位構造)が決定できる。触媒粒子のような長距離構造秩序のない物質の構造を決定し得るほとんど唯一の手法であり、硬X線を用いたXAFSでは、触媒反応条件でのその場構造解析が可能だ。

今回は、そうした高速時間分解XAFSを用いることで、燃料電池セルを作動させた際の白金-コバルト合金触媒の構造変化や反応の仕組みを、500ミリ秒ごとにとらえることに成功した。そして、カソード表面で起こる反応のメカニズムや白金-コバルト合金触媒の「溶出劣化抑制」の要因の1つを明らかにしたのである。

固体高分子形燃料電池は、次世代のエネルギー源の1つとして、自動車を初めとするさまざまな分野において実用化が期待されており、電極触媒から制御システムまで多様な角度からの研究開発が進められている状況だ。

水素を燃料とした燃料電池では、「アノード(陰極)」側で白金やパラジウムなどの金属微粒子を触媒として、燃料である水素がプロトン(H+イオン)と電子(e-)に変換される。

生成されたプロトンは、高分子電解質膜を通過してカソード表面に到達し、カソード側の触媒である白金や白金合金微粒子を触媒として酸素と反応して水を生成するという仕組みだ(画像1)。

画像1。水素を燃料とした燃料電池セルの模式図。アノード、カソードの両方の電極の反応に触媒が使われている

燃料電池のセルでは、アノード側の触媒層、電解質膜、カソード側の触媒層を重ねた膜・電極接合体(MEA)が使われる。一般に、カソード側の反応がアノード側の反応に比べて遅く、また酸素と反応するカソード側の触媒劣化が顕著であることから、燃料電池の幅広い実用化には、カソード触媒の性能向上、耐久性向上が必須だ。特に、高価な白金の使用量を低減させ、その耐久性を向上させることは、燃料電池車や家庭用燃料電池の普及のカギとなっている。

これまでにもさまざまな方法で、カソード起電力の向上、触媒耐久性の向上が検討されてきたが、依然としてこれらの問題を解決し得る究極の触媒系は開発されていない。

これらの問題を解決するためには、カソードにおける反応や触媒劣化のメカニズムを解明することが求められているが、燃料電池を作動させている状態では、カソード触媒はMEAの内部に分布し、多量の水や燃料ガスが存在するため分析が難しいのは前述した通り。

現在使用されている白金系微粒子触媒において、カソード触媒表面でどのような反応がどのようなタイミングで起こっているのかを直接とらえ、その反応の仕組みを解き明かすことは非常に困難だった。

白金-コバルト合金微粒子は、燃料電池カソード触媒として使用した際、従来の白金微粒子と比較して白金表面積あたりの発電性能や触媒耐久性が優れていることが知られており、近年多くの研究がなされている。

研究グループは、SPring-8の高速時間分解XAFS法を用いて、白金-コバルト合金触媒を用いた燃料電池MEAについて、しかも燃料電池を作動させている条件で、カソード表面で起こる白金-コバルト合金触媒の構造の変化や電極反応の様子を、500ミリ秒ごとにリアルタイムで観察することに取り組んだ。

得られた高速時間分解XAFSの結果から、燃料電池の電位を制御した際に起こる酸化還元反応や白金-コバルト合金触媒の構造変化の速度定数を世界で初めて決定し、その反応の仕組みをとらえることに成功した。

その結果、白金微粒子と比較して、白金-コバルト合金微粒子では、カソード表面で起こる一連の反応の速度が速くなっており、とりわけ触媒微粒子の溶出劣化を防ぐ白金-酸素結合の還元と白金同士の結合の再形成速度が速くなっていることを明らかにしたのである。

JASRIの宇留賀副主席研究員らは、SPring-8のビームラインの中でも高い光強度を得ることができる「BL40XU」において、分光器とした小型のシリコン結晶を高速で駆動できるシステムを開発し、2ミリ秒のスピードで高速時間分解XAFS測定を行えるシステムを開発した。

この測定システムを用いて、IMSの唯准教授らは、日本自動車研究所(JARI)が開発して標準化した燃料電池セルにX線を通せる窓を取り付け、燃料電池発電システムと高速時間分解XAFS測定装置を同期させて、実際に燃料電池セルにおいてその電極電位を制御した際の白金-コバルト合金触媒の酸化数や「局所配位構造」の変化を500ミリ秒ごとにとらえることに初めて成功したというわけだ(画像2・3)。

なお局所配位構造とは、測定対象元素のごく近傍の構造のことをいう。測定対象元素の周辺にどのような原子が何個(結合配位数)、どのような距離(結合長)で存在するかの情報であり、EXAFSの解析によって明らかにできる。

画像2(左)は、白金-コバルト合金燃料電池電極触媒の高速時間分解XAFSスペクトル。500ミリ秒ごとに白金-コバルト触媒の構造の変化を直接とらえることに成功した。画像3は、今回の研究に用いたSPring-8のBL40XUにおける燃料電池セルを用いた高速時間分解XAFS測定の様子。今回の研究には、BL40XUのほかに「BL01B1」も活用された

測定した時間分解XAFSスペクトルの解析からは、白金の酸化状態の時間変化、白金-コバルト合金触媒の構造を反映する白金-白金結合、白金-コバルト結合、白金-酸素結合の配位数と結合長の時間変化が得られる(画像4・5)。

時間分解XAFSスペクトルの解析によって得られた白金-コバルト合金触媒の構造パラメータの時間変化。燃料電池の蓄積電気量、白金の酸化状態、白金-白金結合、白金-コバルト結合、白金-酸素結合の配位数及び結合長の時間変化を示す。画像4(左)は、電池の電位電位を0.4Vから1.0Vへ、画像5はその逆に1.0Vから0.4Vへ操作した場合のグラフ

電池の電位を0.4Vから1.0Vに上げる操作は、燃料電池をオフにする操作に相当し、カソードの白金微粒子触媒の表面が酸化される(白金-酸素結合が形成される)ことで、微粒子表面の白金-白金結合が切断される具合だ。

また、電池の電位を1.0Vから0.4Vに下げる操作は、燃料電池をオンにする操作に相当し、カソードの白金微粒子触媒の表面が還元され、表面に形成された白金-酸素の結合が切れる。

これらの触媒の構造変化の様子を時間分解XAFSによってリアルタイムにとらえることに成功した。また、各過程の速度定数も決定することができたのである(画像6)。

時間分解XAFSの解析からわかった白金-コバルト合金触媒及び白金触媒のカソード表面での反応の様子。画像6(左)の白金-コバルト合金触媒では、画像7の白金触媒と比較して、カソードで起こる一連の反応の速度が速くなっており、特に電位を0.4Vに戻した際の白金-酸素結合の切断と白金-白金結合の再形成の速度が速くなっていることがわかる。白金触媒の溶出劣化は、白金-酸素結合の切断と白金-白金結合の再形成によって抑制されることから、これらの過程が白金触媒の溶出劣化の抑制に関与していると考えられる

電池をオンにする際に、白金-酸素結合の切断と同時に、白金-白金結合が再形成されると元の白金微粒子に戻るが、白金-酸素結合の切断が遅く、白金-白金結合の再形成が不十分であると、白金-白金結合が切れたままになり、それが繰り返されることによって、白金触媒の溶出劣化につながると推測された。

白金-コバルト合金触媒とコバルトを含まない白金触媒について、電池をオン、オフにする電位操作が行われた際の白金の構造変化を時間分解XAFSで調べ、両者の触媒における各過程の速度定数を比較したところ、コバルトの有無によって速度定数に違いが見られることが判明(画像6・7)。

白金-コバルト合金触媒では、白金触媒と比較して一連の反応過程の速度定数が速くなっており、特に電池をオンにする電位操作が行われた際に起こる白金-酸素結合の切断と白金-白金結合の再形成の速度が、コバルトが存在することによって3倍以上速くなることもわかった。

これらの反応の違いは、コバルトと白金を合金化させた触媒では、白金のみの触媒と比較して、カソードでの反応がより効率的に進行し、また燃料電池の電位操作を繰り返した際に進行する白金触媒の溶出劣化の抑制にも影響しているものと考えられた次第だ。

燃料電池自動車の普及・実用化や家庭用燃料電池「エネファーム」の性能向上に向けて、新しい燃料電池触媒やシステムの開発が進められているが、燃料電池が抱えるさまざまな問題のメカニズムや原因は依然として明らかになっていないものも依然として多い。革新的な触媒の開発につながる基盤情報の蓄積が求められているのが現状だ。

最先端の高速時間分解XAFSを使い、JARI標準化セルを用いた燃料電池セルでのカソード表面の反応の様子やメカニズムを明らかにし、応用が期待されている白金合金系触媒の反応の仕組みをとらえた今回の研究は、白金使用量の低減や触媒劣化を抑制する新しい白金合金系触媒の開発、燃料電池制御システムの開発などにつながることが期待されると、研究グループはコメントしている。