国立環境研究所(環境研)と東京大学は5月17日、発育中のヒト胎児の神経細胞がメチル水銀に対して異常を起こしやすいことをヒト胚性幹細胞(ES細胞)から神経細胞を作る培養方法を利用して証明したと発表した。

成果は、環境研 環境リスク研究センター 健康リスク研究室の曽根秀子主任研究員、東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センターの大迫誠一郎准教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月発行の国際学術誌「Toxicology Letters」電子版に掲載された。

「メチル水銀」(脂溶性の物質であるため、生物濃縮を受け易い典型的な毒物)は胎児性水俣病の原因物質であることが知られているが、病態を引き起こすメカニズムは明らかになっておらず、さらなる研究が必要とされている。

研究グループは、ヒトES細胞(胚性幹細胞)とマウスES細胞から成熟した神経細胞を分化させる培養方法と、数理工学的手法を利用した解析方法を開発し、メチル水銀に対するヒトとマウスの感受性の比較を行った。その結果、ヒトの神経細胞は、実験動物であるマウスの神経細胞より形態的に異常を起こしやすいことが明らかになったのである。

画像1と2は、ES細胞が神経分化する初期の段階でメチル水銀に曝露されると、神経細胞への分化がヒトにおいてより強く抑制された結果を示した際の蛍光顕微鏡画像と細胞携帯解析結果のグラフだ。画像1(左)はマウス神経細胞のもので、画像2はヒトの神経細胞である。

蛍光顕微鏡画像では、青色で染色された核の数が細胞数に相当し、赤色で染色された線維状の突起が神経突起を示す。

画像1のマウス神経細胞では非曝露とメチル水銀曝露であまり変化が認められないが、画像2のヒト神経細胞では赤色染色の細胞と線維状突起が著しく減少していることがわかる。これらの変化を定量し、統計解析が行われたものが、細胞携帯解析結果のグラフだ。

非暴露もしくはメチル水銀に暴露したマウス(左の画像1)とヒト(画像2)の神経細胞の蛍光顕微鏡像と、細胞携帯解析結果。ヒトの暴露された細胞は目に見えて変化している

画像3と4は、「ベイジアンネットワーク解析」(確実な情報の連鎖について、発生確率と因果関係を集計する手法)によって得られたメチル水銀と幹細胞及び神経系列細胞マーカー遺伝子(幹細胞や神経系列細胞にのみ特異的に発現している遺伝子)の関係を推定したネットワークである。

太字赤丸で囲まれたのがメチル水銀、楕円で囲まれた英数字の記号は遺伝子のシンボル名であり、赤矢印は活性化させる関係に、青矢印は抑制させる関係を示している。ヒト神経細胞において、メチル水銀はNES、NODAL、HOXB4及びMTAP2の遺伝子の発現を制御しているが、マウス神経細胞では、そのような関係が成立していないことが示された。

ベイジアンネットワーク解析によって得られたメチル水銀と幹細胞及び神経系列細胞マーカー遺伝子の関係を推定したネットワーク。画像3(左)がマウスのもので、画像4はヒトのもの

この手法を利用すれば、メチル水銀のみならずほかの化学物質や放射性物質などについても、特に、ヒトにおける胎児期への影響を迅速に予測することが可能となると、研究グループは述べている。