東北大学は5月16日、ショウジョウバエ11種のゲノム上にある「重複遺伝子」の数を比べ、生息環境の多様性が大きい種ほど重複遺伝子の数も多いことを発見したと発表した。

成果は、東北大大学院 生命科学研究科 生物多様性進化分野の牧野能士助教と河田雅圭教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、5月14日付けで英科学雑誌「Molecular Biology and Evolution」電子版に掲載された。

地球上には300万から500万種の生物がさまざまな環境に生息し、種によって生息できる環境の幅が異なっている。例えば同じネズミでも、ハツカネズミのように熱帯から温帯の世界の広い地域の草地、田畑、河原、土手、荒れ地、砂丘や人家など多様な環境に生息している種がいるのに対し、砂漠という特定の環境にしか生息していないトビネズミなどもいる。

特定の環境にしか生息できない種は、地球温暖化などの環境変化に対して大きな影響を受けるのに対し、多様な環境に生息できる種は、新しい環境や変動する環境にも耐えることが容易だと思われる。

そして現在、気候変動などによる環境の急変で絶滅する生物が増えることが懸念されており、生物の保全計画の策定は世界的に急務となっている。どのような生物種が環境の変化に弱いのかを事前に知ることは保全の優先順位を考える上で重要だが、環境変化への強さを測る指標はこれまでなく、実際は不可能だった。多様な環境に適応できる能力がどういうメカニズムで生まれるのか、実はほとんどわかっていなかったのである。

ネズミを例として説明したように、多くの生物はさまざまな環境に適応して生息している。しかし、生息分布域は種によって大きく異なる。例えばショウジョウバエ属の種は、近縁種であっても画像1のように生息範囲や生息環境が大きく異なっている。

画像1。ショウジョウバエ属10種の生息分布。同じショウジョウバエ属の種でも生息環境は大きく異なる。なお、D.melanogasterは世界中に分布しているためここには示されていない

生息分布域の決定には温度や湿度といった環境要因や海や山といった地理的障害のほかに、遺伝的な要因も重要だと考えられているが、その詳細はわかっていない。

遺伝子はあらゆる生物の体の設計図で、遺伝子機能を壊すような突然変異が生じると、病気になってしまう。一方で、スペアの遺伝子を持つ重複遺伝子は、機能を低下させることなく突然変異を蓄積することが可能だ。

重複遺伝子とは、1つの遺伝子がコピーされて2つの遺伝子になることを遺伝子の重複といい、重複してできた遺伝子を重複遺伝子と呼ぶ。遺伝子の重複は頻繁に起きていて、例えばヒトの全遺伝子の70%以上が重複遺伝子だ。重複によりまったく同じ機能を持った2つの重複遺伝子ができるため、片方の重複遺伝子の機能が消失したり低下したりしても生命活動には支障をきたさない。

通常、遺伝子の機能を壊すような突然変異が生じると病気になってしまうが、重複遺伝子は低リスクで突然変異を貯めることができるというわけだ。また、突然変異は希に新しい機能を持った遺伝子を生み出するが、突然変異を貯めておくことができる重複遺伝子ではその確率が高くなる。

このように遺伝子重複は、遺伝的多様性(遺伝的変異)を高め、新しい機能を作り出すなど、生物の進化に重要な役割を果たしていると考えられている状況だ。そこで研究グループは、重複遺伝子を多く持つ生物種ほどさまざまな環境に生息できるのではないかと考えたのである。

ショウジョウバエ属の多数の種がこれまでゲノム情報を解読されており、研究グループはそこに着目し、生息環境多様性と遺伝子重複数の関係の調査を行った。

全ゲノム配列が既知のショウジョウバエ属11種の生息分布情報を文献から取得し(画像1)、その生息分布域3の環境多様性を生息範囲の中にどれくらい多様な植生が含まれているか、どのような温度範囲に生息しているのかといった気象データを用いて推定したのである。

また、上記ショウジョウバエ属11種の全遺伝子配列をデータベースより取得し、遺伝子間の配列の類似性に基づいて重複遺伝子を同定。その後、全遺伝子中に含まれる重複遺伝子の割合が求められた。

ショウジョウバエ属11種の生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係が調べられた結果、強い正の相関があることがわかった(画像2)。このことは、重複遺伝子が生息環境の決定に強く寄与していることを示している。

近縁種(系統的に似ている種)は、同じような性質を持つことが知られているため、系統間の距離の影響を排除した上で生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係も調べられた。その結果、系統的制約排除後も同様な結果が得られたのである(画像3)。

生息環境多様性(左の画像2)と重複遺伝子の割合(画像3)の関係。この図の生息環境多様性はケッペンの気候区分を用いて求められている。生息環境多様性が高いほど、さまざまな環境条件で生息していることを示す(種名:画像1参照)。生息環境多様性と重複遺伝子の割合には正の相関が観察され、重複遺伝子を多く持つショウジョウバエほどさまざまな環境に生息している。系統的制約を排除しても重複遺伝子の割合と生息環境多様性には正の相関が見られる

また、重複遺伝子の割合の種間差は、新たな重複による重複遺伝子の増加ではなく、生息環境多様性の低い種で重複遺伝子が消失しているためだということもわかった。このことは、多様性の低い環境へ生息域がシフトした種では、遺伝子にかかる選択圧が変化して重複遺伝子を維持できなくなることを示している。

上記結果は、「重複遺伝子をゲノム中にどの程度持つのか」という種の遺伝的構造が、多様な生息環境への適応能力と関係していることを示した初めての研究となった(画像4)。

画像4。研究結果をまとめた表

これまでは、どのような生物種が環境の変化に弱いのかを事前に知ることは困難だったが、今後、ショウジョウバエだけでなくほかの動植物においても同様な結果が出れば、重複遺伝子は生物が持つ適応能力を知る重要な指標となるという。

重複遺伝子を調べることで、種の環境変化に対する弱さ(脆弱性)や強さ(侵略性)を測ることが可能になれば、まったく新しいアプローチによる外来種問題や生物保全への取り組みが期待できると研究グループはコメントしている。