科学技術振興機構(JST)は5月16日、蛍光物質「ピレン(Py)」を結合したゲストゲル「Pyゲル」と、大きさの異なる「環状オリゴ糖」を結合した「ホストゲル(CDゲル)」を用いた「材料集積」(ここではゲルが集合することを意味する)について、水と有機溶媒の混合液中で調べた結果、混合液の濃度によって、Pyゲルが接着する相手となるCDゲルが異なることを発見したと発表した。

分子認識に基づいて、ミリメートルからセンチメートルに達するマクロスケールの材料集積の選択性を、媒体濃度によって変えることができるということを明らかにした世界で初めての例となる。

成果は、阪大大学院理学研究科の原田明教授らの研究グループによるもの。JSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の研究領域「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」における研究課題名「自己組織化超分子ポリマーの動的機能化」の成果である。研究の詳細な内容は、英国時間5月15日付けで英科学雑誌「Nature Communications」オンライン速報版に掲載された。

ミクロスケールでの分子の特異的な相互作用(分子認識)を利用して、ミリメートルやセンチメートルの大きさの材料を集積させることは、「修復性材料」といった機能性材料開発のために有望であり、近年、活発に研究が行われている。その1つが、光などの外部刺激に応じて集積形態が変化する高機能材料だ。

最近、研究グループによって、環状オリゴ糖の「シクロデキストリン」を結合したホストゲルと、シクロデキストリンと特異的に相互作用するさまざまなゲスト分子を結合させたゲストゲルを用いた、ミクロスケールの特異的相互作用に基づくマクロスケールでの材料集積システムが開発された。さらに、光によって形を変える分子を用いることによって、光刺激によって材料集積を制御することにも成功している。

ただし、光エネルギーをさらに効率的に利用する観点から、天然の光合成システムの光エネルギー変換のように、蛍光物質を用いて材料を集積し、その集積形態を制御することが重要な課題となっていた。

今回の研究では、よく研究されている蛍光物質であるピレンを選択し、ピレンを結合したゲストゲルのPyゲル、そして大きさの異なる3つのシクロデキストリン(6個のグルコースが連結されたα-シクロデキストリン(αCD)、7個のβ-シクロデキストリン(βCD)、8個のγ-シクロデキストリン(γCD))をそれぞれ結合したホストゲル(αCDゲル、βCDゲル、γCDゲル)が作製された(画像1)。なおゲルとは、溶剤を含んだ網目状高分子のことだ。

画像1。シクロデキストリンを有するホストゲル(αCDゲル、βCDゲル、γCDゲル)と蛍光物質であるピレンを有するゲストゲルの化学構造

有機溶剤の1つである「ジメチルスルホキシド(DMSO)」と水との混合物中でPyゲルとCDゲルを振とうさせることにより、PyゲルとCDゲルとの相互作用が調べられた(画像2~4)。

ここでは、DMSOと水との混合物中のDMSO濃度をDMSOの体積分率(xDMSO=(DMSOの体積)/{(DMSOの体積)+(水の体積)})で表されている。水中(xDMSO=0)において、PyゲルはγCDゲルとのみ接着し、集積体を形成した(画像2)。

DMSOがわずかに含まれるxDMSO=0.2のDMSOと水との混合物中では、PyゲルはβCDゲルとγCDゲルの両方と接着し、より大きな集積体を形成する(画像3)。DMSOと水が同じだけ含まれるxDMSO=0.5のDMSOと水との混合物中では、PyゲルはβCDゲルと接着するが、γCDとは接着しない(画像4)。

DMSO中(xDMSO=1)では、PyゲルといずれのCDゲルも相互作用はなし。さらに、Pyゲルは、DMSOの濃度に関わらずαCDゲルとは接着しなかった。これは、αCDが小さすぎるため、Pyと相互作用できないからであると考えられる。これらの結果から、混合物中のDMSO濃度を調節することにより、Pyゲルが接着するホストゲルを変換できることが示された。

画像2。水中(xDMSO=0)において、PyゲルはCDゲルとのみ接着し、集積体を形成

画像3。xDMSO=0.2の水/DMSO混合物中では、PyゲルはβCDゲルとγCDゲルの両方と接着し、より大きな集積体を形成

画像4。xDMSO=0.5の水/DMSO混合物中では、PyゲルはβCDゲルと接着するがγCDとは接着せず、さらにxDMSOに関わらずαCDゲルとは接着しない。挿入図は、紫外光を照射した時xDMSO=0でのPyゲル中の二量体の青緑色の蛍光と、xDMSO=0.5での一量体の青色の蛍光を示している。また、xDMSO=0.2では青緑色と青色の発光が混ざっている

続いて、溶媒濃度の変化によってPyゲルの接着するホストゲルを変換できる理由を調べるために、少量のPyを結合した「ポリアクリルアミドをモデルポリマー」として用い、蛍光測定を実施。

Pyは水に溶けにくいために、水中では多くのPyは会合して二量体の蛍光を示す。DMSOと水との混合物中のDMSO濃度が増加すると共に、二量体の蛍光は減少し、会合していない一量体の蛍光が増加した。

画像2~4の振とう後(右側)のシャーレの写真上の挿入図は、紫外光を照射した時のxDMSO=0におけるPyゲル中の二量体の青緑色の蛍光と、xDMSO=0.5での一量体の青色の蛍光を示している。また、xDMSO=0.2では青緑色と青色の発光が混在。

さらに、βCDとγCDを添加しながら測定したモデルポリマーの蛍光測定から、Pyは一量体としてβCDと相互作用するのに対し、γCDとは二量体として相互作用することが確かめられた。

これらの結果から、DMSOと水との混合物中のDMSO濃度の変化によってPyゲルの接着するホストゲルを変換できることは以下のように説明される(画像5~7)。水中(xDMSO=0)では、Pyゲル中のPyは二量体を形成し、γCDゲル中のγCDと相互作用し集積体を形成。しかし、Pyゲル中の会合していないPyは少なく、βCDゲルとは相互作用しない。

DMSOをわずかに含むDMSOと水との混合物中(xDMSO=0.2)では、Pyゲル中、会合していないPyと二量体のPyが十分に存在するため、PyゲルはβCDゲルとγCDゲルの両方と相互作用して3種類すべてのゲルを含むより大きな集積体を形成する。

DMSOと水との混合物中のDMSO濃度がさらに増加すると(xDMSO=0.5)、Pyゲル中のPyはほとんど会合せず、PyゲルはβCDゲルとのみ相互作用し、集積体を形成するというわけだ。

画像5。水中(xDMSO=0)では、Pyゲル中のPyは二量体を形成し、γCDゲル中のγCDと相互作用し集積体を形成する

画像6。xDMSO=0.2の水/DMSO混合物中では、Pyゲル中、会合していないPyと二量体のPyが十分に存在するため、PyゲルはβCDゲルとγCDゲルの両方と相互作用して3種類すべてのゲルを含むより大きな集積体を形成

画像7。xDMSO=0.5の水/DMSO混合物中では、Pyゲル中のPyはほとんど会合せず、PyゲルはβCDゲルとのみ相互作用し、集積体を形成する

このように、PyゲルとCDゲルの集積体形成における選択性が、DMSOと水との混合物中のDMSO濃度を変えることによって変換できることが示された。

今回の成果に基づいて、今後は、環境分析などの分野に利用できる蛍光の色の変化を利用した化学センサの開発が期待できるという。さらに、蛍光物質からの蛍光を受け取る物質をシステムに組み入れることで、光合成システムのような、分子認識を利用した光エネルギー変換集積材料の開発も期待されると、原田教授らはコメントしている。