九州大学(九大)大学院医学研究院の大川恭行准教授、原田哲仁研究員らの研究グループは、ゲノム上の骨格筋形成にかかわる遺伝子群は、細胞が筋肉形成される以前にH3.3と呼ばれるタンパク質であらかじめマーキングされており、これにより、細胞が筋肉組織を形成する能力を獲得することを明らかにした。また、マーキングの形成は、Chd2・MyoDの2つのタンパク質が行っていることを突き止めた。同成果は、「EMBO Journal」オンライン版に掲載された。
人間の体は、脳、筋肉、肝臓といった様々な組織で成り立っており、これら組織は60兆個の多様な細胞で形成されている。これら多様な細胞は、幹細胞と呼ばれる1つの細胞から、体が形成されていく過程で、異なる機能を得ることで組織としての機能を獲得していくが、機能の違いは、細胞で使われる遺伝子の違いにあり、すべての細胞に同数存在する遺伝子から、特定のグループが選ばれることで特定の細胞が形成される。これら細胞が集まると臓器が形作られることになるが、こうした臓器を形作り変化する能力は「分化能」と呼ばれる。
分化能は遺伝情報が収納されている核内に何らかのマーキング(エピジェネティックメモリ)として存在することが示唆されていたが、これまで不明のままで、研究グループでは今回、筋肉形成(骨格筋分化)を例として、どのように筋肉形成時に骨格筋遺伝子が選ばれるかの解析を行った。
具体的には、DNAが巻き付く足場となっているタンパク質「ヒストン」に注目して解析を行ってきており、その結果、特定の組織に変化する能力を持った細胞は、あらかじめH3.3と呼ばれる特殊なヒストン(ヒストンバリアント)を目印として、特定の細胞に変化するために必要な遺伝子をマーキングすることを明らかにした。さらに、この選択の機構が、MyoDと呼ばれるタンパク質が骨格筋遺伝子に結合し、Chd2タンパク質がH3.3を遺伝子座に組み込むことでマーキングしていることも発見したほか、マーキング機構を失った細胞では、骨格筋の形成がなされなかったことも確認された。
今回の成果は、骨格筋形成を事前に予測できる細胞内のメカニズムを明らかにした世界初の知見であると研究グループでは説明している。今後盛んになるであろう再生医療において、いかにして移植前の細胞が人体で機能するかを予測することが機能性や安全評価の点からも重要となる。今回判明した遺伝子のマーキング機構は、骨格筋のみならず多くの組織形成でも同様の現象があると考えられることから、再生医療の実用化に向けた有効な指標になるものとのことであり、指標を体系的に整えることを目指して、現在、血液、神経、脂肪といったさまざまな組織についても同様の解析が進められているという。