筑波大学 生命環境系の笹倉靖徳 准教授を中心とする研究グループは、ホヤが脊椎動物の耳に相当する器官(相同器官)を形成する際に、表皮においてHox1遺伝子を必要とすることを発見したと発表した。同成果は高知大学教育研究部自然科学系理学部門の藤原滋樹 教授と沖縄科学技術大学院大学 マリンゲノミクスユニットの佐藤矩行 教授との共同研究いによるもので、5月9日付で英国科学誌「Development」電子版に掲載された。

脊索動物門、尾索類に属するホヤ類は海産の無脊椎動物であり、その幼生は典型的なオタマジャクシ型で、魚などの脊椎動物と類似した形態をとり活発に遊泳する。また、脊索や背側に中枢神経系を持つなど、組織学的にも脊椎動物と相同の構造を有しており、近年のゲノム解析の結果からも尾索類は脊椎動物にもっとも近縁のグループであることが支持されるようになってきている。

ホヤならびに脊椎動物とその近縁の動物の系統関係を表す系統樹。それぞれの動物グループの代表的なものをカタカナで示している。ホヤは尾索動物の一群で、尾索動物は脊椎動物と同じ脊索動物門に属しており、両者は近縁な動物となっている

脊椎動物の耳は外観では表皮・皮膚の一部が変形した構造であることが知られている。耳はその内部で神経細胞を介して脳へとつながっており、外部からの音などの刺激を脳へと伝える役割を果たしている。ホヤのオタマジャクシ型幼生の表皮には、左右一対の耳によく似た構造があることが知られているが、近年の研究から、これが脊椎動物の耳原器(未熟な耳)に相当する構造であることが支持されるようになってきている。

ホヤ幼生の耳相同器官。Aはホヤ幼生の耳原器の構造。矢印部部にある丸い構造は、これが耳原器に相同な構造とされるもの。Aの右画像はその領域の拡大図。Bは、遺伝子組み換え技術によりホヤ幼生の表皮を光らせ、耳原器をわかりやすくした図。耳原器は矢印の部分にある。上の矢印部分の耳原器は体の内部に入り込んだ構造となっている。また、耳原器は左右に1対2つ存在する。Cは、Hox1の機能を欠損させた個体。耳原器があるべき場所を矢印で示しているが、そこに耳原器が形成されている様子は見られなかった

脊椎動物の耳が発生過程は、まず脳から表皮に耳の形成を誘導する物質を放出し、その誘導シグナルを受け取った表皮の領域が形態変化を起こして耳原器が形成され、それがさらに変化して耳となる。この際に、脳から出る誘導物質は増殖因子と呼ばれる物質の一種であることなど解明が進んでいるが、その一方で、表皮が脳からの誘導物質を受け取るためにはどのような準備が必要なのか、あるいはそのような準備は不要であるのかについては、未だに不明のままであった。

Hox1遺伝子は、体作りに必須の役割を果たすことが知られているホメオボックス遺伝子の1つで、多くの動物が持つ重要な遺伝子だ。脊椎動物ではHox1は主に中枢神経系で働き(発現し)、その構築に関与していることが知られている。Hox1の機能を喪失した個体では、中枢神経系に異常が生じることが報告されているほか、耳原器の形成にも異常が生じることも報告されており、この理由として、Hox1が脳の中の耳原器誘導物質を放出する部分に異常を生じるためであると説明されてきた。

このHox1はホヤにもあり、中枢神経系だけでなく表皮でも強い発現を示すことが知られている。しかし、これまでHox1がホヤではどのような機能を持っているのかは判明していなかったのである。

そこで研究グループは、ホヤの一種であるカタユウレイボヤに対し、研究グループが開発したカタユウレイボヤに突然変異を誘発する技術を用いたところ、Hox1の機能を失った個体を得ることに成功した。この個体を観察した結果、耳相同器官が消失していることが判明した。また、Hox1を別の方法で働かないようにしても同様の結果が得られたという。

カタユウレイボヤの幼生。ホヤの幼生は一般的にオタマジャクシ型の形態をしており、活発に遊泳する。背側に中枢神経系(図では脳胞)を有すること、脊索を持つことなど、脊椎動物と共通の体制を備えている

カタユウレイボヤのHox1は、表皮や中枢神経系など、多くの領域で発現していることが知られていることから、今回の結果を受けて研究グループでは、さらに耳相同器官の形成にはどの組織でのHox1の発現が関わっているのかの追求を行った。具体的には、Hox1の機能喪失個体の一部の組織でHox1の機能を特異的に回復させることで、耳の形成が復帰するかどうかの観察を行った。この結果、Hox1の機能を表皮で回復させると、耳の形成が復帰することが判明したほか、中枢神経系で復活させても耳の形成は復帰しないことが確認された。

ホヤは無脊椎動物としては脊椎動物にもっとも近いグループであり、Hox1をはじめとして多くの遺伝子が脊椎動物と同じ機能を有していることが予想されている。このことから研究グループでは、脊椎動物でもHox1が表皮で働いて耳の形成に関与している可能性が示されたとしており、脊椎動物でのHox1の機能の解析が待たれるとコメントしている。

また、Hox1は動物の進化を解き明かすための鍵となる遺伝子の1つとされており、その遺伝子が耳の形成に関与していることが判明した今回の成果から、今後は耳の進化、そして脊椎動物が進化してきた仕組みとその道筋の解明につながることが期待できるともコメントしている。