奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)などの研究グループは、植物が自身の背丈のサイズを生育環境に合わせて特異的にコントロールする際に、その引き金となる物質と分子スイッチを発見したことを発表した。同分子スイッチは、植物体内にある特定の生理活性物質を認識して背丈のサイズの情報を発信する受容体で、この発見により、植物の形の多様性や環境の変化に対応して生き残る戦略など謎の仕組みが解明されることが期待できるほか、植物の背丈を低くして倒れにくくするなど、自在にサイズを伸縮させて作物の生産性を向上させることがが可能になると考えられるという。

同成果は、NAISTバイオサイエンス研究科 植物形態ダイナミクス研究室の打田直行助教と田坂昌生教授、米国ワシントン大学の鳥居啓子教授(科学技術振興機構さきがけ「生命システムの動作原理と技術基盤」の研究員とハワードヒューズ医学研究所の研究員を兼任)、Jin Suk Lee博士、Robin J. Horst博士らによるもので、「米国アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

地球上に存在する多様な陸上植物種はそれぞれが固有の形を持ち、この形の多様性に影響する重要なポイントの1つは背丈の違いにある。また、植物は周りの環境の変化に適応して生存するために、自身の背丈を環境に合わせて柔軟に変化させてきた。そのため、この背丈のコントロールの仕組みを解明するということは、植物の形の多様さと植物の生存戦略を理解する上で重要となるほか、背丈は作物の生産性にも関わってくることから、例えば作物個体の生産能力を変化させずに背丈だけを低くすることが出来ると、倒れにくくなり栽培の手間が省けるとともに、植物体がかさ張らないために一定面積に密度高く栽培できるようになるなどの効果が考えられる。

また、茎の成長に用いられるエネルギーが実など有用部位に回るようになり、与えた肥料が効率的に用いられるため、使用する肥料の減量など環境に与える影響の軽減化にもつながるなどのメリットも考えられ、人為的に植物の背丈を変化させる技術の開発は作物の生産性の向上のために有望だと考えられてきた。しかし、そのためにはそもそも植物が背丈をどのような仕組みを用いてコントロールしているのかを解明した上で、その仕組みを人為的にコントロールする技術を生み出す必要があり、これまでに植物ホルモンのいくつかが植物の背丈のコントロールに関わることが確認されてきたが、それらのホルモンは背丈のコントロール以外にも植物の様々な機能に関わるため、うかつにその作用を強めたり弱めたりすると、背丈以外のいろいろな部分にも影響が出てしまうという課題があり、有用部位の生産量には関わらないものの背丈のコントロールには特異的に関わる仕組みの発見が求められていた。

多くの場合、こうした極端に特異的な現象にだけ関わる仕組みを探す時は、細胞の表面に存在する受容体と呼ばれるタンパク質に注目するのが有効な手段とされてきた。多くの場合、1つの受容体はある特定の現象に対してスイッチとして働く。受容体を活性化させる役目を担うのはそれぞれの受容体にのみ特異的に作用する生理活性物質であるリガンドと呼ばれる物質であり、目的とする現象ごとにリガンドと受容体のペアを見つけ出すことが重要となってくる。

リガンドと受容体の説明図

双子葉類のモデル植物として用いられるシロイヌナズナでは、ERECTAと呼ばれる受容体が植物の背丈のコントロールに関わることが古くから知られてきたが、その際にERECTA受容体を特異的に活性化させるリガンドは不明であった。そこで、研究グループは、このERECTA受容体を特異的に活性化するリガンドの探索を試み、植物が背丈をコントロールする際に用いる仕組みを解明することを目指し研究を行った。

具体的には、シロイヌナズナのゲノム情報を利用して、ERECTA受容体のリガンドとなる候補遺伝子群をいくつか選び出し、それらが実際に植物の背丈のコントロールに用いられるかどうかを検定した。

その結果、EPFL4 とEPFL6と名付けられながら機能が未知だった2つの(同じ働きを持つ)リガンドがERECTA受容体に作用することで植物の背丈がコントロールされていることを見出した。受容体であるERECTAの機能が失われた植物やリガンドであるEPFL4とEPFL6の機能が失われた植物では植物の背丈が特異的に低くなることが確認されたのだ。

今回の研究で発見したリガンドや受容体の機能が失われると背が特異的に低くなる

また、面白いことに、リガンドであるEPFL4とEPFL6は、内皮という組織で生み出され、一方で受容体であるERECTAは篩部という組織で働いていることが確認された。このことは、植物は背丈をコントロールするために内皮から情報を発信し、その情報を篩部で受け取るという、内皮と篩部との組織間でこれまでに想定もされてこなかったようなコミュニケーションをとっていることを意味しており、このことは、植物の発生学研究の観点から見ても極めてユニークな発見となるという。

なお、今回の結果から、今後、これをきっかけとして植物が背丈をコントロールする際に働く仕組みのさらなる解明が進むことが想定されるようになるほか、リガンドと受容体の結合を阻害する化合物やそのリガンドの代わりをする化合物などの探索を行うことで、植物の背丈を自在に人為的にコントロールする技術の開発が可能になると考えられると研究グループではコメントしている。