理化学研究所(理研)は4月3日、モデル植物のシロイヌナズナを用いて、生命活動に必須な生理活性物質「ポリアミン」の輸送体が「RMV1タンパク質」であることを発見したと発表した。

成果は、理研植物科学研究センター機能開発研究グループの篠崎一雄グループディレクター、藤田美紀研究員と、国際農林水産業研究センターの藤田泰成主任研究員ら、東京大学大学院農学生命科学研究科の篠崎和子教授ら、理研バイオリソースセンター実験植物開発室の井内聖専任研究員、小林佑理子訪問研究員(現岐阜大学)らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月2日付けで「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA:PNAS)」オンライン版に掲載された。

ポリアミンは、アミノ基が2つ以上結合した直鎖型の脂肪族炭化水素の総称である。ウイルスからヒトまで、地球上のあらゆる生物に存在する分子量の低い塩基性物質であり、細胞の増殖や分化といった生命現象の基本に関わる高塩基性の低分子物質だ。

核酸やタンパク質の合成に関与する成長因子としての機能を初め、さまざまな生理活性があることが報告されている。動植物に存在する主なポリアミン類として知られているのは、「スペルミン」、「スペルミジン」、「プトレスシン」などだ。

また、植物においてもポリアミンは生命活動に必須な物質であり、形態形成や器官分化など多くの生理機能に関わることが知られている。さらに、ストレス条件下でポリアミン濃度が上昇することなどから、ポリアミンは植物のストレス応答にも重要な役割を果たすことがわかってきた。

また、ポリアミンの活性は高く、生理機能は多岐にわたるため、細胞内のポリアミン濃度は合成と代謝、および輸送によって精密に制御されている。これまで、動植物でのポリアミンの合成や代謝機構については盛んに研究され理解が深まっていたが、輸送体に関する分子メカニズムはほとんど明らかになっていなかった。

そこで研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナ野生系統25系統を、酸化ストレスを引き起こす薬剤で、除草剤パラコートなどの主成分「メチルビオロゲン」(細胞にダメージを与え、成長を抑制する作用を持つ)を含んだ培地で6日間生育させ、薬剤耐性の比較を行った。

なお、酸化ストレスとは、細胞内に過剰に生じた活性酸素種によって、細胞がダメージを受ける有害な作用のことである。植物においては強光や乾燥、低温などの劣悪な環境条件や有害金属の蓄積などさまざまな要因により生じる。

そして、表現型などの形質と遺伝的多様性を関連づける「アソシエーション解析(関連解析)」を行った結果、薬剤耐性に関わるRMV1遺伝子を見出したのである。

アソシエーション解析とは、自然集団の中に見出される表現型などの形質変異とゲノムの塩基配列上の変異との対応の程度から、形質変異に関与する遺伝的変異を予測する解析方法だ。

RMV1タンパク質が細胞のどこで機能するかを調べるため、RMV1タンパク質と蛍光タンパク質GFPを融合して植物の根の細胞に導入し観察。すると、細胞の外と内を隔てる細胞膜に存在することが判明した(画像1)。

画像1の3つの画像について説明すると、(A)はRMV1タンパク質を緑色蛍光タンパク質GFPと融合させ、シロイヌナズナの根の細胞に導入したもの。(B)は細胞膜を赤く染色した画像。(C)はAとBの画像を重ね合わせたもの。黄色は緑と赤が重なった部分。RMV1タンパク質は細胞膜に局在していることがわかる。

画像1。RMV1タンパク質の局在

このことから、RMV1タンパク質が細胞内外の物質の輸送に関わると予想された。実際にRMV1遺伝子を破壊したシロイヌナズナの変異体を調べたところ、メチルビオロゲンに対する耐性が顕著に上昇し、野生型と比べて根が約10倍伸張したのが確認されたのである(画像2)。

さらに、この変異体を用いてメチルビオロゲンの吸収能を調べた結果、野生型に比べて取り込み量が約4分の1と低下していることが判明(画像3)。逆に、RMV1遺伝子の働きを過剰発現させた変異体は、高いメチルビオロゲン吸収能を示した。つまり、RMV1タンパク質はメチルビオロゲン輸送体であることがわかったのである。

画像2。RMV1遺伝子破壊株のメチルビオロゲン耐性。0.3μM(マイクロモル)のメチルビオロゲンを含む培地で6日間生育。野生型(左)は根の伸長が抑制されているのに対し、RMV1遺伝子破壊株(右)では伸長抑制が起こらない

画像3。野生株とRMV1遺伝子破壊株のメチルビオロゲン吸収能。RMV1遺伝子破壊株ではメチルビオロゲン吸収能が顕著に低下している

次に、水溶液中のメチルビオロゲンとポリアミンは、どちらも窒素原子が正電荷を帯びているという類似の構造部分がある(画像4)ことと、外から加えたポリアミンがメチルビオロゲンの毒性を緩和するという知見から、RMV1タンパク質がポリアミン輸送に関わることを予想。

実際に、RMV1遺伝子の働きを過剰発現させた変異体のポリアミン吸収能を調べたところ、RMV1タンパク質が増加し、野生型より約3倍のポリアミンを取り込んだことから(画像5)、RMV1タンパク質がポリアミン輸送体でもあると確認されたのである。

画像4。メチルビオロゲンとポリアミンの分子構造。メチルビオロゲンは、窒素原子に水素イオンが配位して正電荷を帯びるアミン様構造を有するため、複数のアミン基を持つポリアミンと構造的に類似しているといわれている(+は正電荷を示す)

画像5。RMV1遺伝子過剰発現体のポリアミン吸収能。野生型とRMV1過剰発現変異体にポリアミンの一種であるスペルミンを吸収させた。野生型(白)に比べ過剰発現変異体(青)は高いポリアミン吸収能を示した

研究グループは今後、ストレス応答や老化の防止など、ポリアミンが持つさまざまな作用の分子メカニズムが解明され、人為的にポリアミンの濃度を操作できるようになるとストレス耐性の付与や作物の増産につながるとしている。

また、今回のの研究は理研バイオリソースセンターがリソースとして保有する野生系統とその交雑種を利用した実験であり、近年整備されつつある個々の系統の遺伝子配列情報を基に、アソシエーション解析という新しい手法を用いた点が特徴だ。その結果、従来の遺伝子マッピング技術では何年もかかっていた原因遺伝子の同定を、7ヵ月という短期間で行うことができたとしている。