科学技術振興機構(JST)は、独創的シーズ展開事業「委託開発」の開発課題「消化管機能亢進作用を有する機能性食品」の開発結果を「成功」と認定した。この開発課題は、岐阜薬科大学 薬効解析学研究室の 原英彰 教授、同大 生薬学研究室の 飯沼宗和 教授らの研究成果をもとに、平成19年12月~平成23年12月にかけてアピに委託し、企業化開発(開発費 約3億円)を進めていたもの。

古来より便秘は万病の源とされ、生活習慣病の要因の1つでもある。現在、食生活の西洋化などの影響を受け、慢性的な便秘で悩む女性や高齢者が増加している。現在の便秘改善薬は、ピサコジル、センナ、ダイオウなど、腸管を直接刺激して蠕動(ぜんどう)運動を引き起こす「刺激性下剤」が大半で、下痢や腹痛などを伴う。

便秘改善薬には即効性が求められる一方で、こうした副作用を危惧する利用者も多く、市場では生薬・漢方タイプの自然志向を訴求した製品の需要が伸びていると言う。また、便秘改善薬の中核ユーザーである女性と、今後、需要増が見込まれる胃腸機能の低下しがちな高齢者は、慢性的な症状のために長期間服用する人が多く、製品に対する安心感を求めているのが実情だ。

こうした背景から、今回の開発では、東南アジアを中心にお茶として飲用されている、ジンチョウゲ科植物の沈香木(ジンコウボク)(図1)の葉の抽出物に着目し、その機能の解明と、開発を進めたと言う。

図1 沈香木

図2 沈香葉

その結果、沈香葉(図2)に含まれるゲンクワニン配糖体(図3)が活性成分であることが判明し、同時にそのエキスにおける便秘改善作用、用量・安全性を確認した。この活性物質、ゲンクワニン配糖体は、腸の筋収縮を作動させるアセチルコリン受容体に働きかける特徴があり、蠕動運動を穏やかに促進し便秘を改善する作用がある。この特徴を生かし、下痢などの副作用が極めて少ない便秘改善作用を持つ機能性食品を提供することが可能になったと言う。

図3 ゲンクワニン配糖体

沈香木は、正倉院の宝物である「蘭麝待」に代表される香木を生み出すジンチョウゲ科の樹木で、その樹脂が沈着した木部の密度が高く、水に沈むことから沈水香木とも呼ばれる。香の原材料となるが、天然に産出する沈香はワシントン条約の希少品目第二種に指定されているため輸出入ができない。線香などの原材料として取引されるものは基本的に栽培されたものであり、この場合には木部が取引の対象となっている。一方で沈香木の葉部は現地でお茶のようにして飲む飲料用に少数利用されるほかは、廃棄物として処理されている。

今回の技術は、この葉部に着目して「天然資源の有効利用」と「生活の質の向上」をリンクさせた斬新なコンセプトのもとに開発された。この沈香木の葉部(沈香葉)を利用する機能性食品には、これまでの便秘改善薬と異なる作用機序と特徴があると言う。

従来の便秘改善薬は、腸管を直接刺激する「刺激性下剤」として機能し、排便を促進する。そのため下痢や腹痛といった症状を伴うことが多い。一方、沈香葉のエキスは、腸のアセチルコリン受容体に働きかけ、その結果として蠕動運動が活発になり便秘が改善される。この過程は急速な作用を引き起こすものではなく、作用が穏やかに続く。このため、沈香葉エキスの便秘改善作用は下痢を引き起こすことが少なく、小腸回腸部においてアセチルコリン受容体に作用することによる持続的効果が見られると言う。

今回の開発成果は、ゲンクワニン配糖体の持つアセチルコリン受容体への刺激によって排便を促すもので、結腸ではなく回腸に刺激を及ぼす効果が確認された(図4)。結腸の収縮は腹痛を伴うが、回腸の収縮は痛みがほとんどない。こうしたことから、沈香葉エキスは腹痛という副作用の少ない便秘改善作用があることが明確になった。

図4 薬効薬理評価試験結果 作用機序(マグヌス試験結果)。この試験は薬効薬理評価試験の1つで、摘出された臓器に対して化合物が及ぼす影響を測定する香葉エキスを対象とした試験結果。作用機序の解析を行った結果、結腸には収縮が認められず回腸部に連続的な収縮が見られた。これは、右側に示すアセチルコリンと同等の作用であり、対象物質が同等の作用を持つことを示している。

また、原材料の品質と供給の安定確保や効率よく安全に抽出する方法の開発、作用機序を明らかにするための研究や安全性と効果を確保するための試験を行ない、最終的に人での臨床試験により、有効性と安全性が確認できたと言う。(図5~6、表1)

図5 便通改善効果検討試験結果 排便回数の推移

図6 便通改善効果検討試験結果 排便量の推移。図5、6は、便秘傾向の成人男女(60名)を対象とした無作為割付による2週間の二重盲検クロスオーバー試験結果。沈香葉エキス(試験中成分名:ジンチョウゲ科植物葉部エキス) 600mg/day 含有食品摂取による便通改善効果検討試験の結果。主要評価項目である排便回数、排便量において、有意な作用が認められたと言う

表1 安全性臨床試験の結果(一部)

沈香葉は、すでに東南アジアの一部地域では食経験があり(便秘改善薬としてではなく、いわゆる健康増進用として使用されている)、お茶(ティーパックなど)のように食品としての摂取も可能。信頼性のあるデータに裏付けられた消化管の機能促進(便秘改善)作用を持つ沈香葉を機能性食品などとして販売することで、消費者の健康増進と病気の予防に寄与することが期待される。

従来の便秘改善薬は、「副作用はあるが効果もある程度期待できる刺激性下剤群」と「副作用は少ない(あるいは無い)が効果も顕著とは言えない食品群(ビフィズス菌や食物繊維など)」の大きく2つに分けられる。その中で、今回の開発による副作用が少なく効果が期待できる機能性食品が、市場そのものを大きく拡大することが期待できると言う(図7)。

図7 製剤化例
上左:ドリンク製剤
上右:錠剤製剤(臨床試験に利用)
下:顆粒製剤
独特のかすかな苦味があるが、適当な味をつけることで水無し服用可能な製剤も検討

今後は、特定保健用食品としての許可申請を含め、お茶のような飲料やサプリメント素材として便秘改善効果が期待出来る食品として販売し、5年間で2億円の売上げを目指すとしている。