協同乳業、理化学研究所、東海大学、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズの4社は1月25日、「腸内常在菌」の活動と関わりのある約120種類の成分を検出することに成功したことを発表した。研究は協同乳業株式会社の松本光晴主任研究員らの研究グループによるもので、成果は英科学誌「Scientific Reports」電子版で1月25日に掲載された。

ヒトの大腸内に存在する腸内常在菌は1000種類以上が存在しており、個人でその種類は異なるために1人あたり160種類程度、数では100兆個が棲息している。健康への影響が強く、腸の疾病以外にも、免疫系の疾患、大腸ガン、肥満、脳の発達、寿命などへにも関与していることが明らかとなってきており、近年研究が盛んに行われている具合だ。

そのように腸内常在菌はヒトの健康に多大な影響を与えているが、腸内常在菌が産生する物質(代謝産物)は血中にも移行するため、腸内常在菌よりも直接的に健康に関与している可能性が高いと考えられている。しかし、これまで詳細な研究はほとんどなされていなかった(画像1)。

画像1。腸内代謝産物の位置づけ。代謝産物は短鎖脂肪酸やポリアミンなど、一部の活性の強い成分のみが研究されてきたが、100成分以上を網羅的に解析した報告はない

今回の研究では、腸内常在菌の代謝産物の全貌を明らかにする目的で、同じ両親から生まれたマウスを2群(無菌マウスと通常菌叢定着マウス)に分け、広範囲の成分を分離・分析することが可能な「CE-TOFMS」(画像2:「キャピラリー電気泳動」と「飛行時間型質量分析計」を組み合わせた分析装置で、高分離能と高感度を併せ持つ質量分析計)を用い、大腸内容物の「メタボローム解析」を実施し、腸内常在菌の代謝産物を網羅的に解析した。なおメタボローム解析とは、細胞や生体内に存在するアミノ酸や糖、脂質などの代謝物質を網羅的に測定し、生命現象を総合的に理解しようとする研究手法のことである。

画像2。CE-TOFMSは、キャピラリー電気泳動(CE、左側)と飛行時間型質量分析計(TOFMS、右側)を組み合わせた分析装置で、広範囲の成分分析が可能

遺伝的偏りをなくすため、BALB/cマウスを兄妹交配した同腹仔の雄性マウスを、無菌マウスと、生後4週目に通常菌叢の糞便懸濁液を経口投与し通常菌叢を定着させたマウスの2群に分けて実験が行われた。無菌マウスと比較することで、腸内常在菌の影響を直接的に調べることができる仕組みである。この試験は2度繰り返し実施された(画像3)。なお、マウスは滅菌チップを敷き無菌室内で飼育し、滅菌水および滅菌通常飼料を自由摂取させた形だ。

画像3。使用マウスの家系図。親マウスは同親から同時に生まれた個体が使用された

そして7週齢のマウスの大腸内容物が、メタボロミクス解析用試料とされた。今回の研究は遊離代謝産物がターゲットであるため、腸内常在菌の菌体内代謝産物が混在しないよう、菌体が破裂しない条件で抽出したものを試料とし、CE-TOFMSで解析を実施。また、飼料由来の成分も確認するために、同様に前処理し、飼料抽出物のメタボローム解析が行われた。通常菌叢定着マウスは、主要な腸内細菌グループを「16S」rRNA遺伝子を用いた定量PCRで測定した形だ。

その結果、179成分が同定された。階層型クラスタリング(検出成分の個体ごとのパターンによるグループ分け)の結果が図4である。腸内常在菌が産生する物質、吸収する物質、影響を与えない物質など、腸内常在菌の活動と関わりのある代謝産物の詳細が明らかになったというわけだ。また、無菌マウスと通常菌叢定着マウスのメタボロームに明らかな差があることが認められることから、腸内常在菌の有無が大腸内メタボロームに多大な影響を与えることが確認された。

画像4。検出成分の階層型クラスタリング。赤色が相対的に多く検出された成分、緑色が少なく検出された成分を示します

飼料中からは250成分が検出・同定され、大腸内容物と飼料で共通して検出された成分は131成分で、大腸内のみに存在した成分は48成分。飼料中にのみ検出された119成分は小腸で生体に完全に吸収された成分といえる。大腸内メタボロームにより得られた179成分を相対値および検出率で有意差検定したところ、46成分は無菌マウスで通常菌叢定着マウスより有意に高濃度、77成分は無菌マウスで通常菌叢定着マウスより有意に低濃度であり、両者に有意差がなかった成分が56成分存在した具合だ。

一例が画像5で、「GABA」や「プトレッシン」(「ポリアミン」の1種)などの「生理活性アミン」(アンモニアの水素原子を炭化水素基で置換した化合物の総称)は、前駆物質のアミノ酸には両者の差がないものがほとんどであるため、腸内常在菌の作用で産生されていることが確認された。

画像5。代謝産物の濃度比較例。無菌マウス(青紫)と通常菌叢定着マウス(赤紫)を示します。腸内常在菌により産生される成分(上段)、腸内常在菌の存在の影響を受けない成分(中段)、生体および食事由来で、腸内常在菌により吸収あるいは分解される成分(下段)

自然免疫との関連性がある「プロスタグランジンE2」が通常菌叢定着マウスのみから検出されたことは興味深い結果と、研究グループでは考えているという。また、大腸内の多くのアミノ酸は腸内常在菌の影響が少ないことも判明した。

一方、酸化ストレスマーカーである「オフタルミン酸」が無菌マウスでのみ検出されたことから、無菌マウスは酸化ストレスを受けている可能性があるといった新しい知見も得られたのである。そのほか、すでに知られている知見においても発見があり、発がんに関与する胆汁酸の脱抱合に強く関与していることなども確認された。

また、通常菌叢定着マウス間でも差がある代謝産物が約20成分(GABA、アルギニンなど)存在し、これらがどの腸内常在菌の影響を受けているのかを検証するため、腸内常在菌主要グループ菌数と各代謝産物濃度との相関性が調べられた。

その結果、「Bacteroides」属や「Clostridium」属など最優勢菌種ではなく、マイナーな腸内常在菌の「Enterococus」属、「Lactobacillus」属および「Enterobacteriaceae」が代謝産物濃度の差に強く影響を与えている可能性が示唆された。

今回の研究で腸内常在菌の影響を受けていることが認められた成分が、生体にどのような影響を及ぼすかを検討するために、血中への移行や大腸組織への移行を確認する必要があると、研究グループでは考えている。さらに、プロバイオティクスの保健機能メカニズムをメタボロミクス的アプローチにより解明することも「科学的根拠のある機能性食品」の開発のためには重要な課題という。

また、代謝産物は腸内細菌と異なり、生体への影響を直接的に調べることが容易だ。今回の研究にて、大腸内での存在が初めて確認された多くの成分は、大腸上皮細胞へ直接的刺激を与えている可能性が極めて高いため、培養細胞系や組織培養系にて細胞の反応を調べることで、腸内常在菌-宿主クロストークに関わる新たな作用機序や新規マーカーの発見などが期待できるとする。研究グループでは、今回の成果が医学、免疫学、生理学、薬学、栄養学、細菌学など幅広い分野に活用することができる基礎的データとなるともコメントしている。

なお、将来的には、さまざまな疾病患者の大便メタボロームデータを集積することで、発症メカニズムの解明や、検便で特定の疾病の発症リスクを推定できる時代が来ると考えられ、それに繋がる第一歩となることが期待されるという。