京都大学は、「常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)」のモデルマウスである「Pkd1遺伝子ノックアウトマウス」から人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立し、遺伝異常が自然に修復されたiPS細胞を選別、キメラマウスでのADPKD発症抑制を確認し、ヒトiPS細胞の安全な遺伝子修復が可能な技術を確立したと発表した。研究は、京都大学再生医科学研究所の多田高准教授らの国際共同研究グループによるもので、成果は米科学雑誌「PLoS ONE」オンライン版に米国東部時間2月9日に掲載された。
iPS細胞は個々人の体細胞から作製でき、強力な自己複製増殖能と多分化能を持つ多能性幹細胞である。患者本人のiPS細胞の分化誘導により作り出される細胞は、医療応用に対する倫理的問題点が少なく、かつ移植による免疫拒絶反応を引き起こさないことから、再生医療実現化に向けた切り札と考えられている。
iPS細胞は体細胞の記憶を多能性幹細胞記憶に書き換えることにより作製されるが、体細胞の持つDNA情報の書き換えは行われない。このため、遺伝性疾患などの原因となる遺伝的異常は、iPS細胞でも保持されたままであり再生医療応用の障壁と考えられている。
DNA配列異常の修復には、正常DNAとの相同組み換えが必須だ。相同組み換えの効率化を目的に、狙ったDNA配列部位を切断する「ZFN」や「TALEN」システムが報告されている。今回の研究では、体細胞分裂で自然に発生するDNA切断を修復する細胞本来の能力に着目し、遺伝的に異常なiPS細胞集団から正常iPS細胞を選別することに成功した。
今回の研究は、遺伝性疾患患者への再生医療応用をめざし、遺伝的異常を持つ患者iPS細胞から正常iPS細胞を安全に選別することが可能なことを遺伝性疾患モデルマウスで示すことを目的としている。
モデル疾患として発生率が約181000~2000人(うち約5%で腎臓移植)と高頻度なADPKDを対象とした。ADPKDはその約85%が「Polycystic kidney disease1(Pkd1)」遺伝子の、残り15%が「Pkd2」遺伝子のDNA配列異常に起因する。
多田教授の共同研究者である帝京大学医学部附属病院泌尿器科の堀江重郎教授によって報告されたPkd1遺伝子のヘテロノックアウトマウスからiPS細胞株を樹立し、1個のiPS細胞に由来する細胞クローンを1万個以上遺伝子解析した。
その結果、1個のクローンで体細胞分裂相同組み換え(正常な遺伝子座を鋳型に異常な遺伝子座が正常化された)により遺伝子型が正常化されたクローンが発見されたのである。両遺伝子座の正常化は、「サザンハイブリダイゼーション」や「DNA FISH解析」により確認された。そして、Pkd1異常iPS細胞を用いたキメラマウスの腎臓では嚢胞腎の症状が確認されたが、正常化iPS細胞のキメラマウスの腎臓は正常なことも確認。遺伝的正常化iPS細胞の生体での機能的正常化が確認されたのである。
これにより、ヒト遺伝性疾患において、遺伝的異常が片親に由来する場合(または遺伝的異常が片親由来に留まっている組織細胞)、正常な片親の遺伝情報を鋳型にした体細胞分裂相同組み換えにより異常が修復された正常化iPS細胞を選別することが可能であることが示された形だ。樹立されたヒトiPS細胞に外部からの遺伝子操作なく遺伝的に正常化できる技術は、安全なiPS細胞の医療応用を推進する発見であると、多田教授はコメントしている。