東京大学は1月31日、植物の未分化細胞「メリステム」と「器官原基」とのコミュニケーションに関わる遺伝子を発見したと発表した。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の平野博之教授らによる発表で、成果は日本時間1月28日に「Plant Cell」に掲載された。

植物には、茎や花序の先端などに存在する「メリステム」とよばれる未分化細胞からなるドーム状構造体の頂端部に「幹細胞」が存在し、植物の一生を通して維持されている。幹細胞は自己増殖により自分自身を維持するとともに、葉や花器官などの「側生器官」を作るための細胞もドームの腹側に供給している。このメリステムと側生器官の「原基」(将来ある器官になる予定ではあるが、まだ形態的・機能的に未分化な部分)との間には、情報のやりとり(対話)があると考えられており、これまではメリステムから側生器官への情報伝達が注目されていた。

側生器官の原基は分化し始めたあとも、メリステムからの情報によりその発生が制御されている。例えば、幹細胞と葉の原基との間を切断すると、葉は表側の性質を失い、裏側だけからなる棒状の器官になってしまう。すなわち、メリステムから葉の原基へと表側の性質を決定しているシグナルが出ているわけだ。

この研究は20世紀の半ば頃に行われたものだが、最近になって、この情報伝達に関わる遺伝子もいくつか見出されてきた。しかし、このシグナルの実体やそのシグナルのやりとりに関わるメカニズムはまったく不明であり、未開拓の分野であった。

今回、平野教授らは、分化しつつある器官原基からメリステムへの情報伝達があることを明らかにすると共に、それを制御している遺伝子を発見した。この発見は、イネの「tongari-boushi1(tob1)」という突然変異体を手がかりとした研究が発展してきたものである。

tob1変異体ではイネの花にいろいろな異常が現れるのが特徴だ。例えば、「外穎(がいえい)」や「内穎(ないえい)」(おしべやめしべなどの花器官を取り囲んで保護している器官で、稔った種子ではモミ(籾)に相当する)は円錐状の器官になり、端がまったく存在しない。この円錐状の器官があたかも「とんがり帽子」のような形状をしていることが、この変異体の名前の由来だ。

tob1変異体の異常の1つが、継ぎ目がまったくないシームレスモミが生じることである(画像1)。そのほか、本来は1つしかできない花が2つ形成される場合もあったという。さらに、詳細な形態観察や分子レベルの解析から、tob1変異体では発生途中でメリステムが縮小・消失したり、その形態が異常となったりしていることが判明した(画像2)。従って、TOB1遺伝子はメリステムの構造と機能を正常に維持するために働いていること考えられたのである。

画像1。イネの花。tob1変異体では、穎にまったく継ぎ目がない(シームレス)

画像2。イネの花の発生初期における走査電子顕微鏡像。野生型ではドーム状の正常なメリステムが見られるが、tob1変異体ではメリステムが縮小している

この変異の原因遺伝子を単離した結果、TOB1遺伝子は「YABBY遺伝子」として知られている転写因子を作る遺伝情報を持っていることが判明した。またTOB1遺伝子は、外穎・内穎を含めて側生器官では発現していない。ところが、メリステムではその発現はまったく検出されなかったのである。突然変異体ではメリステムが異常となるので、TOB1遺伝子は発現していないところに影響を与えていることになるというわけだ。

従って、この結果から、TOB1が発現している側生器官から、メリステムを正常に機能させるためのシグナルが発信されていることが強く示唆される。すなわち、TOB1遺伝子は側生器官とメリステムの間のコミュニケーションに関わっていると考えられるのだ。

これまでは、メリステムから側生器官への情報伝達に関わる遺伝子はいくつか報告されているが、逆方向の情報伝達に関わる遺伝子に関してはごくわずかしか知られておらず、TOB1が2例目である。

今後、TOB1遺伝子の作用でどのようなシグナルが生じ、どのようにメリステムに伝わって、そこでどのように作用するのか、またその作用に関わる遺伝子はどのようなものかなど、解決すべき課題はたくさんあると平野教授はいう。ただし、メリステムと側生器官とのコミュニケーションのメカニズムを解明することは、植物の発生・形づくりの理解に非常に重要と考えられるとしている。