情報通信研究機構(NICT)、東京大学、国際電気通信基礎技術研究所の3者は1月17日、視覚的情報に基づいてリズミカルな反復(周期)運動を学習する場合、運動の視覚的情報を常に与えられるよりも、数サイクルに1回だけ与えられる方が、むしろ学習の到達度(上手さ)が向上することを明らかにしたと共同で発表した。成果は、米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」2012年1月11日号に掲載された。

一般に、バスケットのドリブルのような繰り返し動作を伴う反復運動を学習して上達していくには、実際の運動と目標とする運動との違いを常にしっかりと見定めることが重要であるというのは、直感的に多くの人が理解していることだと思う。

ドリブルのほかにも、歩行、楽器演奏、タイピングなど、繰り返し動作を伴ういわゆる「反復運動」は、我々の日常生活や文化的活動にとって重要な運動形態の1つであるが、これまで運動学習に関する脳内メカニズムの研究は、主に1回きりの運動(物を投げたり、何かに手を伸ばしたりといった「離散運動」)を対象に行われており、日常運動の大きな部分を占める「反復運動」の学習メカニズムについては、よく分かっていなかったのである。

そこで今回、研究グループは、「反復運動」を学習する場合に、脳が視覚的な誤差情報(実際の運動と目標の運動との「ズレ」)をどのように処理し、運動を修正・学習しているのかを、「システム同定」というデータ解析手法を用いて調査を行った。

実験の1つ目は、被験者が運動学習研究などに用いられるロボットアーム実験装置である「マニピュランダム」のハンドルを動かして、画面上のカーソルが2つのターゲットの間を周期的に往復するよう運動を行うというもの(画像1)。この時、画面上のカーソルの動きと実際のハンドルの動きが、常に食い違うように人為的な誤差を作り出し、この誤差がその後のサイクルでどのように修正されるかを調べた。

画像1。カーソルを2つのターゲット間で周期的に往復させる運動課題

結果、視覚的な誤差情報に基づいて運動指令が修正されるプロセスを数学的にモデル化し、実際のデータに適合させてみたところ、あるサイクルで生じた運動誤差の情報は、その次のサイクルではその誤差を打ち消すよう運動指令を修正していることが判明した。

これは、実際の運動と目標の運動との間にあるズレを扱った「運動誤差情報」が運動学習を適切な方向に導く、という従来の知見と合致するものだという。運動誤差情報が、視覚を介して脳に入ると、脳はこの運動誤差情報に基づいて、次の運動を行うときには誤差が減るように運動指令を修正していることが確認されたというわけだ。

ところが、実験1の結果から、運動誤差情報が次のサイクルだけでなく、さらにその次のサイクル及びそれ以降(以下、2サイクル後以降)の運動指令の修正にも影響を与えており、しかもその影響は学習を促進するどころか、かえって阻害するように働いていることが明らかとなった。

運動誤差情報が2サイクル後以降の運動指令の修正に阻害するという結果が事実であれば、運動の視覚的情報を常に被験者に与え続けるよりも、数サイクルに1サイクルだけ間欠的に与えた方が運動学習の促進が観察されるはずと研究グループでは予測。なぜなら、運動誤差情報の2サイクル後以降の運動学習系への害悪的な影響を遮断することができるからだ。

このことを確かめるため、2つ目の実験として、実験1と同じ実験システムを用いて、ハンドルとカーソルの動きが30度ずれる状況に被験者がどのように適応していくかを調べた。

その結果、運動サイクルが増すにつれて目標からの誤差が小さくなっている、つまり、学習が進んでいるということが判明。この中で、学習の到達度(上手さ)は視覚情報の提示の頻度によって異なっており、実験2のタスクにおいては4サイクルに1回程度のフィードバックが学習の到達度を向上させていることがわかった(画像2)。

画像2。様々な視覚情報提示条件における運動学習成績(各データは10サイクル毎の運動誤差の平均値)

この結果から、運動の視覚的情報を4サイクルに1サイクル、あるいは5サイクルに1サイクルだけを与える方が、毎サイクル与えるよりも運動課題の学習成績が向上するという予想が正しいことが確認されたというわけである。

今回の研究では、反復運動の学習においては運動の誤差情報が学習を促進するだけでなく、阻害するものにもなり得ることが初めて示された。このため、研究グループでは、過度な運動情報のフィードバックがかえって学習を阻害するという結果に対し、スポーツの練習法やリハビリテーション手法に対して実践的な示唆を与えることができるとしている。