基礎生物学研究所(NIBB)は、メダカがミジンコの運動パターンから生物特有の動きを瞬時に抽出し、これをハンティングに利用していることを明らかにしたと発表した。ミジンコの運動パターンの数理モデル化と最新のバーチャルリアリティ技術により、この生き物特有の動きは生物学的1/fゆらぎ(別名、1/fノイズまたはピンクノイズ)で特徴づけられることが判明したのである。発見は基礎生物学研究所の渡辺英治准教授と松永渉研究員らの研究グループによるもので、成果は1月11日に英科学総合論文誌「Scientific Reports」に掲載された。

捕食性動物は、素早く動き回る獲物を正確に捕らえることが可能だ。狩りを行う時、捕食者は生きている被食者とその周囲のオブジェクトとの区別を、リアルタイムで行う必要があるが、この時、捕食者は持てる感覚器を総動員して生きている獲物を認識している。

中でも、視覚系は多くの場合で決定的な役割を果たす。視覚を通じて、大きさ、形状、色、そして動きを識別して周囲の無関係なオブジェクトと、狩るべき獲物とをリアルタイムで区別するのである。

例えば、水棲環境において動物プランクトンを捕食している小型魚類は、水中を漂う多くの粒子や破片と区別する必要があり、実際にそれを行っているわけだが、どのようなパラメータによって区別しているのかは、これまで謎に包まれていた。

これまで当該分野の研究が進展しえなかった最大の理由は、実験者が生きている被食者のパラメータを自在に制御することができなかったことにある。例えば、生きているミジンコの大きさ、形状、色、そして動きを研究者が自在に変化させ制御することは不可能だ。

そこで研究グループは、数理モデルの導入によって解決した。被食者であるミジンコの動画データを数理モデル化し、これをコンピュータプログラミングによってパソコンのディスプレイ上に再現する「バーチャルプランクトンシステム」を開発。メダカの捕食行動の解析を行うことに成功したのである(画像1)。

画像1。バーチャルプランクトンシステム。被食者であるプランクトンをコンピュータ上で合成し、捕食者に提示する。各種プランクトンのパラメータを自在に変更できるため、捕食者と被食者の関係を容易に捉えることが可能となる

研究グループはミジンコが動き回る行動の様子をビデオ撮影し、そのミジンコの軌跡をフーリエ変換によって周波数解析をした結果、ミジンコが特別な波形パターンを示すことを発見した。それが1/fゆらぎのパワースペクトル(波動に含まれる各周波数の強度)を持ち、これは心臓の鼓動リズムや神経細胞の活動リズムにも見いだされていた波形パターンだったというわけだ(画像2・3)。

画像2。約57秒間にわたる1匹のミジンコの軌跡。ミジンコは一見ランダムに運動しているように見える

画像3。ミジンコの運動軌跡(画像2のグラフ)のフーリエ解析したもの。パワースペクトルが周波数と逆比例関係になっているのがわかる

まずミジンコの生データから得た座標データをそのまま使用して、ディスプレイ上にバーチャルプランクトンを再現したところ、メダカは強い捕食行動を示した(画像4)。次に純粋に数学的な手法によって1/fゆらぎをコンピュータに発生させ、バーチャルプランクトンとしてメダカに提示したところ、生データモデルと同等の強い捕食行動を示したのである。

画像4。メダカの捕食行動の定量化。メダカの動画解析を行い、メダカの捕食行動の定量化した。図は今回の研究で定義している捕食行動を示している

なお、興味深いことに、似たようなノイズ成分を持つホワイトノイズ(全周波数で同じ強度となる非常に不規則なノイズ)やブルーノイズ(強度と周波数が比例の関係にある信号で高周波に強いエネルギーを持ち、ピンクノイズとは逆の傾きを持つ)には、強い反応は示さなかった。さらに、静止あるいは等速運動をしているバーチャルプランクトンにも反応しなかったという。

1/fゆらぎ的な運動パターンは水棲系はもちろんのこと陸上の生態系も含めて広く動物界に見い出されていることから、今回のメダカという捕食者とミジンコという被食者の間にある関係性が数理モデルとして定式化できたことを、研究グループは生物の相互作用を考える上では大きな意味を持つと説明しており、運動パターン発生の進化研究にも活用できる可能性を秘めているだけでなく、効果的な釣りや漁法の開発などにもつながることも考えられるとしている。