国立天文台と上越教育大学は、「さんかく座銀河M33」(画像1・2)において、「星のゆりかご」となる物質の広域かつ精密な地図を完成させたと発表した。研究は国立天文台の小麥真也助教と上越教育大学の濤崎智佳准教授を中心とする研究グループによるもので、成果は「日本天文学会欧文研究報告(PASJ)」10月25日および12月25日発行号に掲載された。
今回の観測のターゲットであるM33は、我々の天の川銀河からの距離はアンドロメダ銀河に次いで近く、いわば「お隣さん」の銀河の1つ。その距離は約270万光年で、しかもほぼ正面を向いているため、銀河の渦巻き構造などを見渡せるのが特徴である。よって、分子雲などの星間物質を精密に調べるのに適した銀河といえる。
しかし、その一方で近距離にあるため、見かけのサイズがとても大きくなるという観測が難しい銀河でもある。M33の見かけのサイズは満月約2個に相当しており、これまでの電波観測では、高い精度で巨大分子雲などの細かい構造を分解しつつ、同時にその全体像を把握するということが困難だった。
今回の研究は、長野県の「野辺山45m電波望遠鏡」(画像3)と、南米チリ・アタカマ砂漠の「ASTE(Atacama Submillimeter Telescope Experiment:アタカマサブミリ波望遠鏡実験)望遠鏡」(画像4)を用いて、合計1000時間以上の観測が行われた。なお、ASTE望遠鏡は、稼働を開始した「ALMA望遠鏡」(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)から10kmほど離れた場所に設置された南半球初の10mクラスサブミリ波望遠鏡である(ALMA望遠鏡の66台のパラボラアンテナ群とは別の望遠鏡)。
画像3。野辺山45m電波望遠鏡。ミリ波の波長で観測を行う望遠鏡としては世界最大の口径を持つ |
画像4。ASTE望遠鏡。南半球初の10mクラスサブミリ波望遠鏡で、波長0.1mmから1nmで観測できる。国立天文台と、上越教育大学など複数の大学で運営している |
野辺山望遠鏡の特徴は、ミリ波の波長で観測を行う望遠鏡としては世界最大級の口径を持つこと。さらにそこに搭載されている「BEARS受信機」(The 25-BEam Array Receiver System)は1度に25点の観測を行え、広い領域での高感度観測を効率的に実行することが可能だ。
また今回、「On-The-Fly」(OTF)法と呼ばれる、広い範囲のデータを効率的に取得できる方法も開発され、野辺山45m電波望遠鏡に実装された。これらの相乗効果による観測性能の向上により、高い精度で分子ガス雲の広域画像を得ることが可能となったわけである。
星間塵の観測は、ASTE望遠鏡とそれに搭載されたカメラ「AzTEC」(Astronomical Thermal Emission Camera)によって行われた。アタカマ砂漠の電波観測に適した気象条件に加え、空の100カ所以上の場所を一挙に観測できるという威力を持つAzTECカメラと、広い範囲を効率的に観測するためのOTF法、さらに再帰的主成分解析「FRUIT」と呼ばれる広い範囲の観測データに特化した解析手法を新たに開発して用いたことで、広域の星間塵の高精度な地図を得ることができたのである。
星間物質の1つである分子雲は、主成分である水素が分子として存在し、1cm3あたり100個程度の水素分子を含んだ比較的密度の高いガス雲だ。水素分子のほかに一酸化炭素分子などさまざまな分子も含んでおり、その温度は~10K(~-263℃)と低いために可視光で光ることができないが、分子雲中に存在するさまざまな分子の放射する輝線を電波の波長域で観測することは可能だ。
分子ガスの形成は、希薄な水素の原子同士が衝突することで形成されるが、通常の宇宙空間では、3次元的な広がりがあるためにその衝突の頻度が小さすぎて効率的に分子ガスを作ることができない。しかし、星間塵の表面は2次元の面になっているために水素原子同士が衝突しやすく、分子ガスはそこで作られると考えられている。また、星間塵の温度も表面上での反応効率に大きく影響すると考えられており、特に摂氏マイナス250℃程度の「冷たい」星間塵は分子雲の形成において密接に関係していると推測されるという。
しかし、冷たい塵が銀河の中にどのように分布しているのか、その温度は場所によってどう変化するのか、また温度を決めているのは何なのかといった情報は分子雲の形成、星の形成を知る上で貴重な情報だが、これまではその分布を広範囲に高い解像度で観測することは技術的に困難だったというわけである。
また、冷たい塵を観測するために必要なサブミリ波は、地球の大気によって吸収されてしまうために観測可能な場所が限られてしまうという問題点も存在している。今回の成果は、アタカマ砂漠の希有な気象条件、高性能のサブミリ波望遠鏡、新しい装置と観測手法が組み合わさって初めて得られたものだという。
なお今回の観測では、銀河全面にわたって星間塵が検出された。しかも、M33の「冷たい」塵が観測されたのは世界で初めてのことであり、M33では塵も星と同様に渦を巻いており、塵の発見された場所のほとんどで、活発に星が形成されていた(画像5)。
さらに人工衛星からの赤外線データを組み合わせて塵の温度を測定したところ、温度がとても緩やかに銀河中心から外に向かって低下していることが確認された。中心部はマイナス250℃で、2万3000光年離れた銀河の外側ではマイナス260℃だったという(画像6)。この緩やかな変化は、東京・ニューヨーク間に換算すると20兆分の1度にしかならず、このような温度勾配が発見されたことも初めてたという。
画像5。M33の星間塵地図(左)とその温度地図(右)。塵は渦を巻いている様子が見て取れる。温度は、赤いほど温度が高く(摂氏-250℃)、青いほど低い(摂氏-260℃) |
画像6。M33に分布する星間塵の、銀河中心からの距離に対する温度変化のグラフ |
そして、冷たい塵の温度を決定している原因についても判明。これまで、塵は周辺の明るい大質量星からの光で加熱されていると考えられてきた。しかし、そうした大きな星は数が少なくまばらにしか存在しないため、銀河の温度地図を描けば場所によって激しく温度が変化すると予想されたが、実際には前述したように滑らかで緩やかに温度変化しており、予想と明らかに矛盾した結果が観測されたのである。そこから導き出された結論が、冷たい塵を暖めているのは、同じように銀河の中心から滑らかに数を変化させている、太陽のような一般的な小さな星の光だったというわけだ。
ちなみに、希薄な水素原子のガス雲から形成された分子ガス雲は、さらに凝縮することで星を作る密度の高い塊を作る。このような分子ガス雲が銀河のどこにどれくらい分布しているのかを知ることは、星がどのように作られるかを知る上で重要な情報となる。
今回の研究で精密に測定された分子ガス雲の分布から、M33における分子ガス雲は希薄で滑らかに分布する成分はほとんどなく、大部分が太陽の数十万倍の質量を持つ巨大分子雲のような塊で存在していることが判明した。それらの分子ガス雲の塊は、活発にたくさんの星を形成しているものがある一方で、ほとんど星を作っていないものもあり、星を作っているかどうかという意味では大きな多様性を示していることも確認された。
また今回得られた分子ガス雲の地図を利用することで、研究グループはM33における水素ガス雲全体の中での密度の高い分子ガス雲がどのくらいの割合を占めているか、という「分子ガス雲比率地図」の作成にも成功した(画像7)。さしわたし5万光年以上にもおよぶ銀河全体にわたって、100光年という小さなスケールでの比率地図を得たのは、天の川銀河以外では初めてのことである。この結果、銀河の内側の領域では外側よりも分子ガス雲の比率が高くなっていること、さらに全体の水素ガス雲の量が同じでも、銀河の中心に近い内側の領域の方が分子ガス雲比率が高くなっていることが明らかになった(画像8)。これは、銀河の内側では、銀河の外側よりも効率よく希薄な原子ガス雲から分子ガス雲が形成されていることを示しており、この効率の良さには、銀河の内側では分子ガスの形成を促す作用を持つ「重い元素」の量が多いこと、ガス円盤の厚みが内側では外側と比較してより薄くなっていることなどが関係していると考えられるという。
それから、今回の研究の最も重要な意義として研究グループが挙げるのが、天の川銀河以外の銀河に対して精密な分子ガスと塵の地図を作製したことだ。星は宇宙で最も基本的な要素であり、星が形成されるプロセスとその環境を知ることは、現代天文学の重要な課題の1つである。今回得られた分子ガスと塵の地図は、星を作る材料とその材料を作る「工場」の分布を示しており、星間物質から星の形成へ一連のプロセスを理解するための重要な手がかりとなることが期待されているとしている。
なお、今回の研究で明らかになった分子ガス雲と星間塵の地図から、分子ガス雲の形成や星間塵の性質などに関するさまざまな知見を得ることができたが、未解明の部分もある。その1つが、これらの分子雲や星間塵の中で具体的にどのようなプロセスで星が形成されていくのかという点だ。研究チームでは今後、ASTE望遠鏡を用いて星が形成される直前の密度の高い分子雲の観測、さらにはALMA望遠鏡を用いて巨大分子雲内部の構造を分解する観測などを行い、星間物質から星が作られるまでの統一的な描像を明らかにすることを目指すとしている。