理化学研究所(理研)は12月14日、マウスの大脳新皮質を1つ1つの神経細胞レベルで解析した結果、数個~十数個の共通した機能を持つ神経細胞が柱状のまとまり「柱状クラスター」を形成し、さらにこのような柱状クラスターが多数存在して平行に並んでいることを発見したと発表した。理研脳科学総合研究センター局所神経回路研究チームの細谷俊彦チームリーダーと丸岡久人研究員らによる発見で、米科学雑誌「The Journal of Neuroscience」12月14日号に掲載。

大脳新皮質は脳の表面を覆った組織であり、厚さ1.5~3mm程度で、100億個程度のさまざまな種類の神経細胞でできている。外側の第1層から内側の第6層まで、6つの層が重なった構造を持つ(画像1)。

画像1。大脳新皮質の構造。複雑なネットワークを形成したさまざま神経細胞からなり、6層構造をしている。表面から内側に向けて、第1層~第6層と呼ぶ

大脳新皮質を形成する神経細胞には、少なくとも数十種類から数百種類のタイプがあり、生化学的な性質や細胞同士の結合パターンなどがそれぞれ異なるのがわかっている。異なったタイプの細胞は、情報処理上で異なった機能を担うため、それぞれのタイプがどのような回路構造を作っているかを理解することが重要だ。しかし、極めて複雑な回路で構成されているため、現在の技術を持ってしてもその機能の解析は非常に困難である。

これまでの研究から、大脳新皮質の神経細胞は、脳表面に沿った方向の数十μm程度までの範囲に存在する神経細胞と特に強く相互作用することが確認済みだ。その範囲内の神経細胞群は互いに密な情報交換を行い、それらが作る回路は情報処理にとって重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、その範囲において、さまざまなタイプの神経細胞の配置には規則性があるのかどうか、ほとんどわかっていなかったというわけである。

大脳新皮質に存在する神経細胞は、発現している遺伝子によってタイプを見分けることが可能だ。マウスの大脳新皮質第5層では、一部の神経細胞が遺伝子「id2」を発現している。id2は塩基性ヘリックスループヘリックス(bHLH)型転写調節因子をコードする遺伝子で、神経系の発生においては細胞増殖や軸索伸長に関与している遺伝子だ。

先行研究から、id2を発現する神経細胞は柱状のクラスターを作ることが知られていた。このことは、id2を発現しているタイプの神経細胞が、なんらかの規則的な配置を取っている可能性を示唆している。そこで研究チームは、このid2に注目し、大脳新皮質の回路の解析に挑んだ次第だ。

研究チームは、生後6日目のマウスの大脳新皮質を用いて、どのタイプの神経細胞がid2を発現しているかを調べた。その結果、大脳皮質の主に第5層と第6層に存在し、視床や脊髄など大脳新皮質の外へ情報を運ぶ「出力細胞」の主要なタイプである「皮質下投射細胞」であることが判明した(画像2)。

画像2。皮質下投射細胞(矢印)は大脳新皮質第5層に存在し、上丘(Tec)や脊髄(SC)などへ軸索を伸ばす

次に、皮質下投射細胞がどのような空間配置をしているかを研究。まず、生後6日目のマウスの大脳新皮質視覚野の切片を作製して、id2 mRNAを染色することにより皮質下投射細胞を可視化し、その分布を解析した。その結果、数個から十数個の皮質下投射細胞からなる柱状のクラスターが、約30μm程度の間隔で平行に並んでいることや(画像3・4)、この柱状クラスターの並ぶ間隔が機能的に重要と考えられる回路の幅(数十μm)とよく一致していることが見いだされた。また、このような柱状クラスターが平行に並ぶ構造は、視覚野以外にも体性感覚野など大脳新皮質の機能の異なる複数の部位に存在していることも確認している。

画像3。皮質下投射細胞が作る周期構造その1。生後6日のマウス大脳新皮質視覚野の第4、5、6層。画像では層がIV、V、VIで示されている。紫はすべての細胞の核で、緑は皮質下投射細胞の細胞体。数個から十数個の皮質下投射細胞(緑)が柱状のクラスターを作っているのがわかる。柱状クラスターの周囲には他の種類の細胞(紫)が存在している。複数の柱状クラスターが、約30μm程度の間隔で平行に並んでいる

画像4。皮質下投射細胞が作る周期構造その2。柱状クラスター構造の模式図。皮質下投射細胞(緑)が垂直に並んで柱状クラスターを作る。このような柱状クラスターが多数形成され、平行に配置される。柱状クラスターの周りには他の種類の細胞(灰色)が存在する

さらに、この柱状クラスターが機能的な単位として働くかについても検討。同一の柱状クラスターに含まれる皮質下投射細胞が互いに類似した機能を持つかを調べるため、大脳新皮質の視覚野のうち、両眼からの入力を受ける部位に着目した(画像5・左)。

この部位の神経細胞は左右両方の眼からの刺激に反応するが、どちらにより強く反応するかは個々の神経細胞によって異なる。そこで、片方の眼だけから光の刺激を与えると、1つの柱状クラスターの中に含まれる皮質下投射細胞が類似した反応を示すかどうか、神経活動に応じて発現するタンパク質「c-Fos」の発現を可視化して解析した(画像5・右)。

画像5。柱状クラスターの機能解析に関してその1。A:マウス視覚系の模式図。左眼(青丸)からの経路が青、右眼(オレンジ丸)からの経路がオレンジで示されている。黄色が両方の眼からの入力を受ける両眼視部(矢頭)だ。B:左眼に光刺激を与えた場合の左脳半球におけるc-Fosの発現。両眼視部(矢頭)の神経細胞が視覚刺激によって活動し、c-Fosを発現している(紫の点)

観察結果とモデルを比較して統計解析した結果、同じ柱状クラスターに含まれる皮質下投射細胞は、c-Fosの発現が同調する傾向が極めて高いことが判明したのである(画像6~10)。このことから、同じ柱状クラスターに含まれる皮質下投射細胞の神経活動は似ており、類似した機能を持つことがわかった。

画像6。柱状クラスターの機能解析に関してその2。c-Fos発現のモデル。緑は皮質下投射細胞で、柱状のクラスターが平行に配置されている。紫はc-Fos。c-Fosが周期構造と無関係にランダムに発現する可能性(左)と、同一の柱状クラスターで発現する可能性(右)がある

画像7。柱状クラスターの機能解析に関してその3。統計解析。「1つの皮質下投射細胞(黒丸)がc-Fosを発現している場合に、近傍の皮質下投射細胞(クエスチョンマーク)がc-Fosを発現している確率」をP(c-Fos)と定義し、観察したデータから計算する。2つの細胞の脳表面に平行な方向の距離(細胞間距離)がさまざま値をとるとき、P(c-Fos)のがどのような値を取るか調べる

画像8。柱状クラスターの機能解析に関してその4。画像6のそれぞれの場合について予想される結果。発現がランダムな場合、P(c-Fos)は細胞間距離によらない(青)。c-Fosが同一の柱状クラスターの中で発現する傾向がある場合、細胞間距離が0のところにランダムの場合より高いP(c-Fos)のピークが現れる(赤)

画像9。柱状クラスターの機能解析に関してその5。(赤)800個以上の皮質下投射細胞から計算したP(c-Fos)。距離0のところにピークがある。ピークでの値はランダムの場合(青)の2倍以上だ

画像10。柱状クラスターの機能解析に関してその6。機能特性のモデル。片目への視覚刺激の下では、同一の柱状クラスターに含まれる皮質下投射細胞は似た応答を示す

今回の研究から、マウスの大脳新皮質の第5層において、数個から十数個の皮質下投射細胞が柱状のクラスターを形成し、さらにその柱状クラスターが平行に並んだ配置をしていることが判明した(画像11)。このことから、個々の機能単位を詳細に調べ、さらにこれらの並列計算としてモデル化することで、複雑な大脳新皮質の解明が効率的に進むと期待されている。

画像11。大脳新皮質の回路モデル。右は大脳新皮質第5層を示している。皮質下投射細胞(緑)からなる構造的・機能的単位(柱状クラスター)が、多数平行に配置される。灰色は他の種類の細胞