11月11日・12日の2日間、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)で「オープンハウス2011」が開催された。今年は「情報通信技術が守り、創り出す豊かな未来社会をめざして」をメインテーマとし、ライフサポートロボットを初めとする研究活動状況や研究成果を一般に披露した。その中でも今回は、展示物としてのロボットにフォーカスして紹介する。
テレノイド - 体験してみてわかる新型コミュニケーションツールの魅力
「テレノイド」をご存知だろうか? ATRの石黒教授が2010年に発表した、小型の遠隔操作型アンドロイドだ(画像1)。テレノイドは、写真のように少々奇妙な造詣をしている。女子高生3人組が展示室に入ってきた瞬間に「クリオネ!?」と叫んだのも道理だろう(画像2)。著者も、最初に見た時に、同じことを思った。
このテレノイドを見て、一目で「かわいい~っ」と思う人は、まずいないだろう。展示パネルに、ショッピングモールや小学校、介護施設での評価実験の結果にも、第一印象は、一様に「怖い」「気持ち悪い」といったネガティブなものだったと書かれていた。
ところが、テレノイドを体験すると、印象がガラリと変わるという。テレノイドの魅力は、体験してみないとわからないのだ。そのため、説明スタッフの方も「ぜひ、体験してみてください」と来場者に勧めていた。
筆者ももちろん、体験してみた(画像3)。離れたところでテレノイドを見ていると、その全身像が目に入るため、どうしても奇異な印象を持ってしまう。しかし、実際に手にして対面すると、テレノイドの表情に意識が集中するので、ボディの末端が気にならなくなる。この手足が簡略化されたデザインは、実は人間の視界や意識が末端に対しては不鮮明になることを計算に入れたものなのだ。
テレノイドは、首と手先を動かし、発話に合わせて口を動かして、ユーザーとコミュニケーションを取る(画像4・5)。大きさはちょっと大きめの赤ちゃんくらい。ハグすると、両手の先でギュッとしがみつくようなそぶりをしてくれる。内蔵モーターの熱が伝わってきて暖かく、機械に対する一般的なイメージの「冷たい」が覆されるのだ。
その瞬間、最初に感じた印象がするっと消えて、自然と「かわいい」と思えてくるから不思議だ。テレノイドと目線を合わせて会話をすると、電話よりもずっと安心感があるのが体感できた。
画像4。オペレータの発話に合わせて、唇が動く。発話と動きが同期しているため、違和感がない |
画像5。隣室にいるオペレータが操作している。オペレータの表情を画像認識し、リアルタイムでシンクロさせているのでユーザーに違和感を与えない。手や頭の動きは、ボタンで操作している |
このテレノイドを携帯版にしたのが、「エルフォイドP1」だ。スーツの胸ポケットに入っていると、マスコット人形のように見えるが、れっきとした携帯電話だ(画像6~8)。
画像6。スーツの胸ポケットにエルフォイドP1。名前の由来は、エルフ(妖精)+~oid(のようなもの)による造語 |
画像7。エルフォイドP1と携帯電話を並べてみた。携帯電話より少し大きい。足先にマイクが見える |
エルフォイドP1は、体内に携帯電話の新通信規格「LTE」(Long Term Evolution)モジュールを埋め込んでおり、クラウドコンピューティングを実現している点も特徴。首と腕に小型アクチュエータが組み込まれており、会話をしながらモーションも伝えることが可能だ(画像9)。
エルフォイドの一番の特徴は触感だろう。「人間を連想させる質感」をめざし、人肌ゲルを採用。握っているとクニクニとした感触が気持ちよくて、手放したくなくなる(画像10)。
テレノイドもエルフォイドも、ニュース動画や写真だけを見て「知っている」人は、ぜひ機会を見つけて体験してほしい。見ると触るとでは大違いの魅力があるのだ。
画像9。ボディにLTEモジュールを埋め込み、クラウドコンピューティングを実現している |
画像10。エルフォイドの皮膚素材は、人間を連想させる質感をめざし、柔らかな人肌ゲルを使用している。クニクニといつまでも触っていたい感触だった |
ジェミノイドF~アンドロイド演劇でコミュニケーションを考える
ATRには、一目見ただけで、「うわぁ~、美人!」と感嘆してしまうロボットもいる。もちろん、ジェミノイドFだ(画像11)。
ところが、今回の展示ではジェミノイドFの展示場所だけが明らかにされていなかった。「自然な出会い」を演出するために、公開していないのだ。きっと、食堂や喫茶コーナーにいるに違いない! と思い、楽しみにランチをしたのだが、いなくてがっかりした。
見つけられなくては記事が書けないではないか。どうしよう? と思いながら、劇作家、演出家である平田オリザ氏の特別講演「アンドロイド演劇とはなにか?」を聴講するために会場に向かった。講演会場の入り口に無料休憩所があり、スタッフに促されて中に入ると、そこにジェミノイドFがいた(画像12)。なかなか心憎い演出だ。
薄暗いカフェの中で、女性スタッフと楽しそうにおしゃべりをしているから、ジェミノイドFを知らない人だったら、すぐにはロボットと気づかないだろう。それくらい自然にジェミノイドFはその場に馴染んでいた。
この日のジェミノイドFは、クリーム色のセーターに青いスカートとカジュアルな服装。いつも、黒い洋服を着ているところしか見たことがなかったので、意外に感じた。メガネをかけてちょっと知的な雰囲気だった。
このジェミノイドFは、平田オリザ氏(画像14)が演出するアンドロイド演劇「さようなら」に女優として出演している(画像15)。
平田氏にとっては、俳優に演技指導するのもロボットに演技指導するのも違いはないそうだ。平田氏は、「うまい俳優は、無駄な動きや適当な間を上手に表現する」という。例えば、「コップを手に取る」という動作でまっすぐにコップを掴むのではなく、コップの手前でわずかに手の動きが遅くなりふっと逡巡してからコップを掴むような間で、感情を表現するのだそうだ。
平田氏は、こうした演劇的表現をロボットのモーションに組み込んだ。2008年11月に発表したロボット演劇「働く私」で、2体のwakamaruに演技をつけた時は、事前にプログラマが作成してきたモーションを見て、「2秒間をあけて」「手を35cm上に」などと細かいダメ出しをしたそうだ。プログラマが30分程度でモーションを修正すると、その場にいた全員がため息をもらすほど、ロボットから生き生きとした感情が伝わってきたという。
日本の古典演劇には文楽がある。平田氏が行っているロボットへの演出も、これに近いのだろう。平田氏は「演劇には、感情表現に対する2500年の歴史がある。それを最先端技術と結び付けたのがアンドロイド演劇だ」と講演で語った。
2010年9月に発表され、今年はヨーロッパ公演も行ったアンドロイド演劇「さようなら」は、死期を間近にした女性に、アンドロイドが詩を朗読する会話劇だ。照明や演劇的手法を駆使した結果、芝居を最後まで見ても、どちらの女性がアンドロイドなのか気づかない観客もいるそうだ。
海外では、このアンドロイド演劇を見て泣く人もいたという。「人型ロボットがボールを蹴れば、技術者は感心する。けれど、一般の人を感動させるには別のアプローチが必要」と語る平田氏にとっても、この芝居を見て泣いた観客がいたのには驚いたという。
Robovie - フレンドリーパトローリングの実現
ATRでは、日常の中でロボットが人と自然にコミュニケーションを取ることをテーマにさまざまなアプローチで研究している。
その中でも、いかにも"ロボットらしい"ロボットが「Robovie(ロボビー)」だ(画像16)。
Robovieは、これまでもショッピングモールや科学館、スーパーマーケットなどで実証実験を経てきている。これらは、人々が普段どおりに行動している中で、ロボットが新たにサービスを提供するための研究だ。
従来は、2次元のLRF(レーザーレンジファインダー)を複数配置して、人の位置や動きを計測していた。これは誤差5cmという高い精度を実現しているが、遮蔽物や多数の人が行き交う場所での計測には弱かった。
そこで、今回は高所に3次元距離センサを設置し計測を行うシステムを開発し、初公開した(画像17)。
3次元であるメリットは、人がどの方向を向いているのか判断がつくことだ。例えば、壁に貼った地図の前に立っている人がいるとしよう。壁に向いているのであれば、地図を見ているのだろうし、壁に背を向けて立っていれば人を待っているのかもしれない。移動している人は、肩や頭の方向でどちらに進もうとしているのか、予測しやすくなる。
そうした情報を元に、Robovieは、人を"さりげなく避けて"歩けるようになったという。人とぶつかりそうになった時に、慌てて距離を置くのではなく、もちろん人にロボットを避けてもらうのでもなく、ロボット自身が相手を認識しながら自然にすれ違うのだ。
それだけではなく、すれ違う相手が「自分に話しかけたそうだな」と察知すると、自己紹介をして「ボクになにか用ですか?」と話しかけてきてくれる(画像18)。
こうした環境と調和した話しかけ技術を搭載するために、警備経験者の歩行をビデオで解析したそうだ。その結果、話しかけやすい雰囲気の人の動きには「正面からすれ違い、視線を向ける」という特徴があることがわかったという。
Robovieは対向者と一定距離を保ち、「ボクに用事はありませんか?」とでも言いたげな視線を向けながら近づき、すれ違う。もし、対向者が立ち止まれば、同じように止まり会話を始めるのだ。
そればかりかすれ違った人が、Robovieの後ろ姿を見ていると、振り向いて話かけてきてくれる。
こうした動きを「フレンドリーパトローリング」と名づけたそうだ。実際、ロボットに対する違和感を抱かせない、とても親しみやすい動きだった。
テレノイドとエルフォイド、ジェミノイド、Robovieとそれぞれ形状は全く違うが、研究の出発点にあるのは、「人間をもっと理解したい」「人とのコミュニケーションを円滑に行いたい」という思いであることが、伝わってきた。