慶應義塾大学(慶應大)と理化学研究所(理研)は10月24日、「思春期特発性側弯症」(AIS:Adolescent Idiopathic Scoliosis)の原因を全ゲノム解析によって特定し、「LBX1」が疾患感受性遺伝子の1つであることを発表した。研究は、戸山芳昭教授らの慶應大医学部整形外科学教室の脊椎外科研究グループと、理研ゲノム医科学研究センター骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダーらによるもので、成果は米科学雑誌「Nature Genetics」オンライン版に掲載された。

画像1。思春期特発性側弯症の病像。左から外見、脊椎X線像、3DCT。見た目だけでなく、X線やCTでも脊椎が大きく湾曲しているのがわかる(出所:慶應義塾大学Webサイト)

側弯とは本来は縦に真っ直ぐな背骨が横方向に曲がってしまった状態を指し(画像1)、曲がりの角度が10度以上となると病的として、「側弯症」といわれるようになる。角度が20度以上になると装具の着用など、何らかの治療が必要となり、40度以上では多くの例で手術治療が必要だ。

重度になると、著しい体幹の変形による外見上の問題に加え、肺機能が低下し、腰痛や背部痛の発生率が増加するとされている。進行すると治療が困難になるので、治療のタイミングを逸しないためには、早期発見、早期治療が大切だ。

側弯症を引き起こす原因は多様で、神経麻痺や筋ジストロフィー、脊椎の奇形、外傷、腫瘍など、明らかな疾患に続発して起きることもあるが、多くは原因が特定できない特発性の側弯症である。

特発性側弯症は、発症時期などによりいくつかのタイプに分けられるが、その内で最も頻度が高いのが、思春期に発生・進行するAISだ。思春期の子どもの約2%に見られるという、非常に頻度の高い疾患である。

軽度の場合でも進行状況の確認のためにX線検査が必要で被爆の問題があり、それ以上進行すると就寝時も含めた1日20時間以上のコルセットによる装具治療となり、それすら無効な重度となると、リスクの高い大きな手術を行う必要が出てしまう。このように、側弯症は患者とその家族の肉体的、精神的負担が大きい疾患なのである。

過去の疫学研究などから、AISは遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝病であることは判明済みだ。そして、これまでに世界中の研究者たちが連鎖解析や候補遺伝子アプローチによる相関解析などさまざまな手法を用いて遺伝子解析を行ってきたが、AISの原因遺伝子の同定には至っていなかったのである。

そのため、AISの発症メカニズムについてはほとんど研究が進んでおらず、有効な治療法開発の手がかりがないのが現状だ。

そこで、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の松本守雄准教授らの脊椎外科研究グループは、日本整形外科学会のプロジェクト研究としてAIS関連遺伝子の同定を行うため、日本の主な7つの側弯治療施設と共同で、約2000名のAIS患者からDNAサンプルの採取と詳細な臨床情報の収集を実施。

それらのサンプルを理化学研究所ゲノム医科学研究センター骨関節疾患研究チームにより全ゲノムレベルの相関解析の手法で分析され、AISの疾患感受性遺伝子の同定に至ったというわけである。

AISの発症頻度には大きな性差があり、集まったサンプルでは、男:女=1:10であることから、性差の解析に与えるバイアスを除くために、まず女性のみで解析を実施した。

日本人女性のAIS患者1050人と対象1474人からなる集団について、ヒトのゲノム全体をカバーする約55万個の一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)のセットを調査。すると、AISと強い相関を示すものがいくつか見つかった(画像2)。なおSNPとは、ヒトゲノム30億塩基対の内で個人ごとの違いは0.1%ほどだが、その多くが周囲の塩基配列中でわずか1カ所だけ孤立して異なるというもので、それを一塩基多型と呼ぶ。このわずかな違いが多数集まって、個人差を生むというわけだ。

画像2。全ゲノム相関解析の結果。マンハッタンプロットと呼ばれる概観図。横軸は、各染色体(Chr.1-22)のSNPの位置を表し、縦軸は各SNPの相関の強さ(対数表示したP値)を表す。横線は、ゲノムレベルでの統計学的な有意水準レベル(P=1×10-7)。10番染色体の3つのSNP(赤点、○内)が、そのレベルを超えている。ほかにもいくつか、このレベルに近いSNPが見られる(出所:慶應義塾大学Webサイト)

その中でも特に強い相関を示した3つのSNPは、10番染色体上に存在。これらのSNPを、別のAIS患者326人と対象9823人からなる日本人女性集団について調べたところ、その相関が再現された。

2つの集団の結果を統合すると、最も強い相関を示すSNP「rs11190870」のP値は、1.24×10-19にもなり、日本人女性では、このSNPを1つ持つごとに発症のリスクが1.56倍高まることが判明したのである(画像3)。なお、P値とは相関の強さの指標で、偶然にそのようなことが起こる確率を表し、この値が小さいほど相関が高いと判定できるというものだ。

画像3。思春期特発性側弯症の日本人女性の全ゲノムレベルの相関解析で発見された10番染色体上のSNPの相関をまとめた表。P値は相関の強さの指標で、値が小さいほど相関が高いと判定できる。オッズ比は、相関の大きさを示し、リスク多型の影響力の指標。統合は、全ゲノムレベルの相関解析の結果を、Mantel-Haenzel法によるメタ解析で統合したもの(出所:慶應義塾大学Webサイト)

さらに、AIS患者94人と対象1849人からなる日本人男性集団について調べたところ、男性でもこのSNPの相関が再現されることが確認された。男性では、このSNPの影響が女性よりも強く、このSNPを持つと発症リスクが2.15倍高くなるのである。

ゲノム上のrs11190870の位置を調べてみると、LBX1(lady bird homeobox 1)という遺伝子の近傍に存在していることが判明。LBX1のヒトでの発現パターンを、さまざまな組織で調べた結果、LBX1遺伝子は胎児、ならびに成人の脊髄や筋肉に得意的に発現していることがわかったのである。

LBX1は脊髄の感覚神経系や筋肉の発生に関与することも知られており、またサルのモデルやヒトの疾患の解析から感覚神経系の異常は側弯を引き起こすことも知られている。そうした事実も含め、今回発見したSNPが、LBX1機能に関与していることが示唆されている状況だ。

今回の研究は、十分な精度を持つ全ゲノムレベルの相関解析による、世界で最初のAISの疾患感受性遺伝子の報告である。研究チームでは、今回報告したSNP以外にも、いくつかの有望なSNPを同定しており、その相関の検証のための大規模な国際共同研究を実施中だ。それにより、第2、第3のAISの疾患感受性遺伝子の発見もそう遠いことではないという。

また、今回の成果を発展させることで、AISの病因・病態の解明、従来よりも早期かつ低侵襲な治療方法の確立などにもつながるとしている。