名古屋大学は、重症筋無力症における筋力低下が起こる病態メカニズムを明らかにしたと発表した。抗「筋特異的受容体チロシンキナーゼ」(MuSK)抗体陽性重症筋無力症患者では、抗MuSK抗体が神経筋接合部において「アセチルコリンエステラーゼ(AChE)/コラーゲンQ(ColQ)複合体」とMuSKの結合を阻害することにより、AChEと「アセチルコリン受容体」(AChR)の両者が減少し、筋力低下が起こるというものである。研究は名古屋大学大学院医学系研究科神経遺伝情報学の大野欽司教授らによるもので、成果は10月19日に米神経学会専門誌「Neurology」のプレプレス版に発表され、11月15日付けの同誌にも掲載予定。

重症筋無力症は、神経筋接合部に発現する分子に対する自己抗体が作られることにより発症する自己免疫疾患の一種であり、筋力低下、易疲労性、目瞼下垂、嚥下障害、呼吸困難などを主徴とする厚生労働省指定特定疾患の難病だ。

重症筋無力症の内でおおよそ5~15%の患者が持っている抗体が、2001年に見つかったMuSKに対するもので、補体活性化能を持たない「IgG4」に分類される。しかし、MuSK抗体が何を阻害しているのかが不明の上、抗MuSK抗体陽性重症筋無力症は発症メカニズムも十分に解明されていないという状況だ。免疫抑制剤以外の特異的な治療法が存在していないのである。

研究グループは、抗MuSK抗体陽性重症筋無力症患者において、AChR欠損が軽度であってAChE阻害薬の効果が乏しいという事実から、抗MuSK抗体はAChE/ColQ複合体とMuSKの結合を阻害していると予想して今回の検証を行った。生命倫理委員会の承認の下に4名の抗MuSK抗体陽性患者の同意と協力を得て血清からIgG抗体を精製し、3種類の実験を実施したのである。

第一に、ColQノックアウトマウスの骨格筋切片にヒト組み換えAChE/ColQ複合体を反応させ、AChE/ColQ複合体がマウス神経筋接合に結合をすることを確認した。健常者IgGはこの結合をまったく阻害しなかったが、抗MuSK抗体陽性患者IgGはこの結合を強く阻害したのである。

第二に、精製ヒト組み換えMuSKと精製ヒト組み換えColQをプレート上で効率よく定量的に結合する実験系を作成。健常者IgGはこの結合をまったく阻害しなかったが、抗MuSK抗体陽性患者IgGは、抗体濃度依存的にこの結合を阻害した。

第三に、ヒトIgG抗体をマウス腹腔内に注射し、受動免疫疾患モデルを作成した。健常者IgGは神経筋接合部の異常をまったく示さなかったが、抗MuSK抗体陽性患者IgGはマウス大腿四頭筋神経接合部のAChE/ColQ複合体の発現を強く阻害した。また、AChRの発現も中等度に阻害したのである。

これらの実験により、抗MuSK抗体陽性重症筋無力症患者では、抗MuSK抗体が神経筋接合部において、AChE/ColQ複合体とMuSKの結合を阻害することにより、AChEとAChRの両者が減少し、筋力低下が起こるという病態メカニズムが明らかになった次第だ。これは、抗MuSK抗体陽性重症筋無力症患者において、AChE阻害薬の効果が乏しいという事実を裏付けた結果である。

しかし、米国で行われた患者骨格筋生筋研究では、中等度のAChR欠損は観察されるが、AChE欠損は観察されなかった。そのため、1つ目は筋生筋部位が病態を反映していない可能性、2つ目は筋生筋が行われた病期が重篤な急性期を反映していない可能性、3つ目はヒトにおいてAChE欠損が重篤にならない未知の防御機構が存在する可能性があり、今後さらなる研究が必要という結論に結びつけられた。

画像1。抗MuSK抗体陽性重症筋無力症患者IgGは、MuSKとAChE/ColQ複合体の結合を阻害する。MuSKとLRP4のそれぞれ2量体が細胞膜貫通タンパク複合体を形成。神経終末より放出をされたアグリン(agrin)はLRP4に結合をすることによりMuSKを活性化し、AChRの集積を誘導する。AChEは神経終末より放出をされるアセチルコリンを分解し、AChE12分子が3重鎖構造を採るColQと結合しAChE/ColQ複合体を形成する。ColQはMuSKと結合することによりシナプス間隙に係留される