NTTなどで構成される研究グループは10月13日、超伝導人工原子(超伝導量子ビット)とダイヤモンド結晶中の炭素が抜け置いてできた空孔と窒素の複合体である「NV中心」を組み合わせたハイブリッド系を用いて、エネルギー量子1個を交換する量子もつれ振動をコヒーレントに制御することに成功したことを発表した。同成果はNTT物性科学基礎研究所 量子電子物性研究部 超伝導量子物理研究グループ グループリーダーの仙場浩一博士らNTTの研究チームと、大阪大学大学院 基礎工学研究科の水落憲和 准教授および国立情報学研究所(NII)根本香絵 教授の研究グループによるもので、英国科学誌「Nature」の2011年10月13日号に掲載された。
量子コンピュータの構成要素となる量子ビットの候補として、人工原子の一種である超伝導量子ビットや原子、電子スピンなどの天然量子ビットなど、さまざまな量子ビットの研究が各所で進められている。
中でも超伝導量子ビットは、マイクロ波光子あるいは素子間での強い結合を比較的容易に実現でき、高速な量子演算が可能なものの、量子性を保てる寿命であるコヒーレンス時間が短いという問題があった。一方、天然原子の量子ビットはコヒーレンス時間は長いものの、それ自体が小さいため、個々の原子や電子スピンへ情報を書き込んだり、取り出す操作が難しいという問題があった。
いずれにせよ、量子コンピュータの実現のためには、量子の重ね合わせ状態などをどれだけ長時間保たせられるかがポイントになってくるが、そのためにはシステム全体におけるコヒーレンス状態の長寿命化が重要となる。上述のとおり、超伝導量子ビットのコヒーレンス時間は極短時間であるが、数十μmクラスのサイズで実現できるため、制御しやすい。また、ダイヤモンドNV中心はピンクダイヤのピンク色の源とも言われており、コヒーレンス時間が室温でもミリ秒以上を実現できるという特性を有しており、光学的に1つ1つの状態を観測することも可能ながら、ナノオーダーのサイズであるため、制御が難しかった。そこで、研究グループでは今回、それぞれの長所を生かすべく、超伝導量子ビットとダイヤモンドNV中心の両方を用いたハイブリッド系を考案し、それによる量子メモリ効果の確認を行った。
ちなみに、この2種類の材料を選択したのかについて仙場氏は「Alによる超伝導量子ビットは、各所で研究が行われすでに枯れた技術とも言えるほど扱いしやすい点。もう一方のダイヤモンドNV中心は、NV中心にとらえられた電子のエネルギー準位が付近のダイヤモンド格子の歪みから、ゼロ磁場でも基底状態が約2.88GHz分裂しており、超伝導量子ビットのエネルギー分裂に近いため、NV中心と超伝導量子ビットを共鳴させるのに適しているため」と説明している。
実験用に製造されたサンプルチップは1.5mm角程度のもので、ダイヤモンドの単結晶基板上に約3000万程度のNV中心を形成し、その上にAlによる超伝導量子ビットを形成した。実験としては、希釈冷凍機を用いて12mKまで冷却した超伝導量子ビット側の動作を制御し、1個のエネルギー量子を量子ビットとNV中心とでやり取りを行い、0と1の状態切り替えを行い、理論状態と量子ビットの状態を確認して実際にメモリ効果があるのかどうかを確認したというもので、素子の概念としては、論理回路を量子ビットが、レジスタをNV中心がそれぞれ担うようなイメージだという。
これにより確認されたNV中心におけるスピン集団のメモリ時間は数十nsながら、量子ビットとNV中心のエネルギー遷移が生じ、量子情報の書き込み、読み出しができることが実証され、量子メモリが実現できることが物理的に証明された。
ダイヤモンドNV中心の量子メモリの動作概念図。実際の測定では、NVスピンのどれにエネルギー量子が入っているかが問題ではなく、量子ビットとNV中心の状態が変化しているかどうかを確認したところ(実際に入っているかどうかを直接観測しているわけではない)が今回の量子メモリの実証につながったポイントだという |
研究グループでは、今回の成果を踏まえて、メモリ時間の長時間化を目指した改良を行っていくとしている。実際には、13Cの核スピンを利用した量子もつれ状態の長寿命化の探索を将来的な目標としていくとする。また、ダイヤモンドNV中心は、光学波長帯とマイクロ波帯のエネルギー準位を持っているため、それを活用することで量子周波数変換が可能になることが考えられるほか、そうした周波数変換による量子中継を行うことで、量子暗号通信の長距離化もできる可能性があり、そうした技術の実現に向けた取り組みを行い、最終的には量子計算が可能なコヒーレンス時間を実現し、量子コンピュータの実現に向けた量子ビットによる論理演算回路などを用いたプロトタイプを実現したいとしている。