早稲田大学(早大)は、光合成細菌「シアノバクテリア」を用いて、細胞内の概日時計が、時計遺伝子自身の転写・翻訳が止まってもほかの遺伝子の概日リズム(発現リズム)を駆動することを明らかにしたと発表した。
今回の研究はJST(科学技術振興機構)課題達成型基礎研究の一環として、同大学先進理工学部 電気・情報生命工学科の岩崎秀雄准教授や細川徳宗大学院生らの研究によるもので、成果は米科学誌「Proceedings of National Academy of Sciences, USA(米国科学アカデミー紀要)」のオンライン速報版で近日中に公開される予定だ。
ヒトの睡眠・覚醒サイクルに代表される、約24時間周期の生物リズム(概日リズム)の発生には、これまでは時計遺伝子自身の発現リズムが重要という「転写・翻訳フィードバック・モデル」とされてきた。もう少し詳しくいうと、「時計遺伝子」と呼ばれる特定の遺伝子の転写を、自身がコードする時計タンパク質が自己抑制するネガティブ・フィードバック制御を行うことで、まず時計遺伝子の転写・翻訳リズムが引き起こされ、概日リズムの最も基本的な振動が発生するというもの。このモデルでは、時計タンパク質の量的なリズムに伴って、何らかのメカニズムにより下流の遺伝子発現=転写・翻訳がリズミックに制御されることが提案されている。
それに対して、2005年に反証したのが岩崎教授だ。シアノバクテリアの1種である「シネココッカス」は、生育に光合成が必須のため、連続明条件下では活発に増殖し、時計遺伝子「KaiA」、「KaiB」、「KaiC」を含む多くの遺伝子の転写・翻訳は概日リズムを呈する。
しかし暗条件下では代謝活性が極端に落ち、時計遺伝子群の転写も直ちに停止してmRNAも数時間以内に消失し、時計タンパク質の翻訳も停止するという具合だ。
それにも関わらず、すでに細胞内に存在するKaiCタンパク質は安定化し、KaiCタンパク質のリン酸化リズムが24時間周期で安定に継続することが明らかとなっている。
さらに、KaiA、KaiB、KaiCタンパク質を特定の濃度比でATPと混合するだけで、24時間周期のKaiCのリン酸化リズムが試験管内で再構成できることから、シアノバクテリアの概日振動の発生は、基本的に翻訳後修飾のレベルで生じることが証明された。
ただし、代謝が著しく制限される暗条件下では、時計遺伝子以外の多くの転写・翻訳も強く抑制され、概日時計はリン酸化の概日リズムを維持しながら時を刻むものの、転写(遺伝子発現)リズムを駆動することができない「針なしの時計」のような状態と考えられてきた。
これまで、どの生物においても、時計遺伝子の転写・翻訳が止まった状態で、そのほかの遺伝子の発現リズムが報告されたことはない。しかし、研究グループは暗条件下で例外的に転写レベルが上がってくる「暗誘導遺伝子群」に着目。その暗条件下での遺伝子発現パターンが概日時計の制御を受ける可能性があるのではないかと考えたのである。
そこで、明条件から暗条件に移したシネココッカスの全2515遺伝子を対象にしてマイクロアレイ解析技術を実施。転写パターン9割以上の遺伝子の転写は暗条件で直ちに低下したが、約7%の程度の遺伝子群(暗誘導遺伝子群)の転写が活性化されていることが判明したのである。
概日リズムの消失するKai遺伝子欠損株では、暗誘導遺伝子群のほとんどの発現パターンが非常に大きく変化しており、おおよそ4つのグループに分類できることも確認(画像1)。
さらに、明条件から暗条件に移す時間帯をいろいろと変えて調査を行ったところ、1日のどの時刻に暗条件に移すかによって、発現パターンが大きく変化するかということもわかったのである(画像2)。以上のことから、従来の予測とは異なり、暗条件下での暗誘導遺伝子群の発現パターンが、概日時計によって強く調節(ゲーティング)されていることが判明した。
さらにいくつかの暗誘導遺伝子群の転写については、暗条件下でも約24時間周期で減衰振動することを発見。この減衰振動は、概日リズムの基本特性である温度補償性(季節による時計のスピードの変化がないということで、その詳細なメカニズムはまだどの生物のものもわかっていない)を満たすことなどから、Kaiタンパク質に基づく概日時計の支配下であることが明らかとなっている(画像3)。
こうした結果から、従来の転写・翻訳フィードバック・モデルとは異なり、時計遺伝子の転写・翻訳がまったく起こらず、転写・翻訳フィードバックが起こらない暗条件下においても、概日時計を校正する時計タンパク質が遺伝子発現リズムを駆動できることが、あらゆる生物に先駆けて明らかになったというわけだ(画像4)。
今回の成果は、転写・翻訳フィードバックに依存しない概日時計がどのような遺伝子発現リズムを駆動できるのかという疑問に、新たな知見をもたらすと予想されている。転写・翻訳が行われない条件でのタンパク質の翻訳後修飾レベルの概日振動は、2005年以降、シアノバクテリアに特異的な現象とみなされがちだった。しかし、2011年になってヒトの赤血球や微細な真核藻類においても報告されるようになり、寄り一般的な現象である可能性が高まってきた。
このことから、今後さらに解析を進めることで、ヒトも含めた真核生物の生物時計の仕組みに対する理解も進むと予想されている。また今回の成果は、栄養条件が極端に下がり、増殖がままならない飢餓状態でも、概日時計が積極的かつ効率的に遺伝子発現を制御することを意味しており、省エネ型の巧妙な環境適応システムのモデルとしても興味深い知見を得られるとしている。