九州大学(九大) 生体防御医学研究所の中山敬一主幹教授らの研究グループは、生体内の鉄量が不要なたんぱく質を分解するときに働くユビキチン化酵素の1つ「FBXL5」によって、厳密に制御されていることを明らかにした。同成果は、米国科学誌「Cell Metabolism」オンライン速報版で公開された。

鉄は体にとって必要なミネラルで、体内にはおよそ釘1本分の重さの鉄(成人男子鉄分4~5g)が存在している。これらの鉄は、酸素を全身に運ぶ役割やさまざまな酵素の働きを助ける役割があるため、鉄が不足すると鉄欠乏性貧血などの鉄欠乏症になるが、その一方で、鉄が過剰に存在すると酸化ストレスを生じて細胞を傷つけてしまい、ヘモクロマトーシスなどの鉄過剰症を発症する。つまり、鉄は不足しても過剰でも、生体に悪影響を及ぼすため、生体内では鉄量が常に適切な量になるように厳密に調節する必要がある。

細胞内の鉄量は、IRP2と呼ばれるたんぱく質の作用によって増加する。同たんぱく質は細胞内の鉄が不足するとその量が増え、鉄の取り込みを促すと同時に、鉄の排出を抑えることによって、全体として細胞内の鉄量を増やす働きがあるほか、逆に細胞内の鉄量が増えると、細胞はIRP2の量を減少させ、その結果鉄の過剰な増加を防ぐ仕組みを有している。

しかし、細胞がどのようにしてIRP2の量をコントロールしているのかは謎のままで、最近の報告では、IRP2の活性がユビキチン化酵素FBXL5により制御される可能性が示唆されていたが、この酵素が生体内の鉄代謝制御にどのような意義を持つのかは不明のままであった。

そこで同研究チームでは、鉄代謝制御におけるFBXL5の役割について研究を行うため、FBXL5を人工的に欠損したマウス(ノックアウトマウス)を作製して解析を行った。

まずFBXL5を全身で欠損したマウスを作製したところ、このマウスはIRP2たんぱく質を分解できず、結果的にIRP2の量が増加したことが確認され、この結果、鉄過剰による酸化傷害により胎生期の早い段階でマウスは死亡した。

全身でFBXL5を人工的に欠損したマウスの表現型。FBXL5を全身で欠損したマウスは、鉄が過剰に蓄積し、発生が遅延して胎生期の早い段階で死亡してしまった

このことから、ユビキチン化酵素FBXL5が細胞内の鉄の過剰蓄積を防ぐために重要な役割を担っていることが判明した。

FBXL5の欠損による細胞内鉄量の増加。IRP2は細胞への鉄の取り込みを促し、また鉄の排出を抑えることによって細胞内の鉄量を増加させる。正常な細胞内の鉄量が増えてくると、ユビキチン化酵素FBXL5によってIRP2が分解されて量が減少するため、細胞内の鉄量は至適な量に保たれるが、FBXL5を欠損した細胞ではIRP2の働きにブレーキをかけることができず、IRP2が増加して恒常的に活性化してしまい、細胞内鉄量が過剰になる

次に、FBXL5を人工的に欠損したマウスにおける鉄の過剰蓄積の原因が、IRP2の過剰な活性化にあるのかを検証するため、FBXL5を欠損したマウスに、さらに人工的に変異を加えてIRP2を欠損させ、FBXL5とIRP2の両者を欠損した二重変異マウスを作製したところ、この二重変異マウスは生存が可能で、若干の貧血を示すほかはほぼ正常であることが確認された。

FBXL5とIRP2の両方を人工的に欠損したマウスの表現型。FBXL5を欠損したマウスは胎生早期に死亡するが(左図)、このマウスにさらに人工的に変異を加えてIRP2を欠損させると、FBXL5とIRP2の両方を人工的に欠損したマウスは生存が可能で、ほぼ正常に発育することが分かった(右図)。つまり、この二重変異マウスではFBXL5欠損マウスにおけるIRP2の増加が解除され、鉄の過剰な蓄積が阻止されたために生存可能になったと考えられる。このことは、FBXL5を人工的に欠損したマウスの死因がIRP2の過剰な活性化にあることを遺伝学的に証明したものとなる

つまり、この二重変異マウスでは、FBXL5ノックアウトマウスにおけるIRP2の増加が解除され、鉄の過剰な蓄積が阻止されたために、胎生期死亡を回避したと考えられると研究チームでは説明している。

FBXL5とIRP2の二重欠損による細胞内鉄量増加の解消。正常なマウスでは、FBXL5がIRP2を分解することによって、IRP2の活性を抑制し、細胞内の鉄量を至適な量に保っている。しかし、FBXL5を欠損したマウスではIRP2の働きにブレーキをかけることができず、IRP2が増加して恒常的に活性化してしまい、細胞内鉄量が過剰になる。一方、FBXL5を欠損したマウスに、さらに人工的に変異を加えてIRP2を欠損させると、IRP2の過剰な活性化が解除され、鉄の過剰な蓄積が阻止される

このことは、FBXL5ノックアウトマウスの死因がIRP2の過剰な活性化にあることを遺伝学的に証明しており、FBXL5とIRP2による細胞内鉄量の管理が生体内における鉄代謝の中心的な制御機構であることを示したものであるという。

さらに、FBXL5による鉄代謝制御が成体のマウスにおいてどのような意義を持つか調べるため、鉄代謝の中心臓器である肝臓のみでFBXL5を欠損するマウス(コンディショナルノックアウトマウス)を作製。このマウスは胎生期に死亡することはないが、生後肝細胞内に鉄が過剰に蓄積し、脂肪肝炎を引き起こしたことが確認された。

肝臓でFBXL5を人工的に欠損したマウスの表現型。肝臓でのみFBXL5を欠損させると、肝臓の外観は脂肪が蓄積するために正常マウスの肝臓より色が薄くなり、肝臓が炎症を起こしていることを示す小球性の炎症性細胞が集まった病理像が見られた(矢尻)。脂肪を染色すると、小さな脂肪が肝細胞に無数に沈着しており、また鉄染色では肝細胞に過剰な鉄の蓄積が認められたという

FBXL5を欠損した肝臓の外観は、脂肪が蓄積するために正常マウスの肝臓より色が薄くなり白っぽく見える。病理像では脂肪染色で染色される小さな脂肪が無数に沈着し、肝臓が炎症を起こしていることを示す炎症性細胞の集まりが認められた。このことから、通常ではFBXL5が鉄の過剰蓄積によるダメージから肝臓を守っており、その防御機構が無くなると脂肪肝炎を発症してしまうことが判明した。

また、鉄過剰に対する防御機構が無くなってしまった肝臓に、鉄過剰ストレスが加わるとどのような危険があるかを検証するため、肝臓においてFBXL5を欠損したコンディショナルノックアウトマウスに高鉄含有食を与えたところ、FBXL5を欠損した肝臓では、さらなる鉄の蓄積から肝臓の広範囲にわたって酸化ストレスがかかり、重篤な肝細胞死が発生した。

肝臓でFBXL5を欠損したマウスの高鉄含有食摂取後の表現型。肝臓でのみFBXL5を欠損したマウスに高鉄含有食を与えると、肝臓へのさらなる鉄の蓄積から肝臓の広範囲にわたって酸化ストレスがかかり、重篤な肝細胞死が起こった。これらの変異マウスは急性肝不全を発症し、高鉄含有食摂取後わずか1日で死亡した

これらの変異マウスは急性肝不全を発症し、高鉄含有食摂取後わずか1日で死亡したという。

これらの結果を総合すると、ユビキチン化酵素FBXL5は生体内においてIRP2の過剰な活性化を防ぐブレーキとして働いており、鉄の過剰蓄積を防ぐために不可欠な役割を担っていると考えられると研究チームでは結論付けている。

近年、肝臓における鉄の蓄積が非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)やC型慢性肝炎、さらには肝がんの増悪因子となることが注目されているが、肝臓においてFBXL5の発現量が低下すると、鉄の蓄積により肝臓へ慢性的なダメージとなり、こうした疾患の増悪因子になる可能性が考えられることから、今後、FBXL5の機能を制御することで細胞内の鉄量を適切な量に調節し、これらの疾患に対する治療への応用が期待されるという。