マイクロソフトリサーチは基礎研究を行う組織である。そこで取り組んでいるテーマは数年後には実用化されることを目指しているものであり、現在商用化されているナチュラルユーザーインタフェースのKinectや検索サービスのBingもマイクロソフトリサーチの研究成果だ。そんなマイクロソフトリサーチで今、どのような技術が開発されているのかについて、マイクロソフトリサーチ コーポレートバイスプレジデントのトニー・ヘイ氏に話を聞いた。

--ここ数年の間に、クラウドコンピューティング、ナチュラルユーザーインターフェース(NUI)といった新たな技術が登場し、急速な勢いで実用化されています。これによって、学術機関との連携の仕方や採択するテーマに変化はありますか。--

マイクロソフトリサーチ コーポレートバイスプレジデント トニー・ヘイ氏

ヘイ氏:もちろん、新たな技術はわれわれの取り組みに大きな変化をもたらしています。例えば、大学との連携プログラムでは「マイクロソフトリサーチコラボレーションプログラム」を立ち上げ、オープンソースのツールを提供するといった取り組みを開始しています。さらに、クラウドを活用した研究も加速しています。ユニークな例としては「スペルチャレンジ」があります。これは、入力したスペルに関して、素早くかつ高い精度で予測することを競うもので、クラウドを活用したり、Bingと連動させたりして提供します。また、大学の研究者と取り組んでいる「プロジェクトハワイ」は、Windows Azureを用いてスマートフォンとクラウドを連携させて、翻訳支援を行うというものです。

ハードウェアに対する取り組みとしては、コンテナ型の新たなデータセンターにおける空気の流れ、温度管理などによる運用ノウハウの蓄積や、これによって信頼性などを高める活動も行っていますし、量子コンピュータ分野におけるコンピュータチップの改良などにも取り組んでいます。

また、NUIに関してもさまざまな研究が進んでいます。マシンラーニングと音声認識、コンピュータビジョンという3つの観点からNUIの研究を進めており、これらを組み合わせることで、コンピュータやソフトウェアが人を認識しより快適なNUIが実現されます。

NUIについては、Xbox事業部門が研究開発から2年以内でKinectを商用化しています。これは極めて大きな成果であり、マイクロソフトリサーチとXbox事業部門との緊密な連携によって実現したものです。Kinect センサーの開発キット(Kinect for Windows SDK)の提供が始まっていますから、今後多くの人が音声やゼスチャーによってPCを操作できるようになります。これからもKinectを活用したエキサイティングなアプリケーションが登場することを楽しみにしています。

--医療分野、環境分野での展開もマイクロソフトリサーチでは重要なテーマの1つに取り上げていますね。--

ヘイ氏:医療分野における研究成果は、科学雑誌であるネイチャー誌に発表したり、医療分野向けのオープンソースプロジェクトであるバイオロジーファウンデーションにマイクロソフトバイオロジーファウンデーションというツールとして提供したりしています。この分野の成果は、マイクロソフトの技術を利用している人だけでなく、ApachやEclipseを使用している人たちにも活用していただきたいと考えています。一方、環境分野では、さとうきびのゲノム情報を活用することでエタノールを精製しやすくするといった研究を開始しています。これまではスーパーコンピュータがないとできなかった計算が、クラウドによって多くの人が活用することができるようになりました。ゲノム情報の解析は予防医学にも効果を発揮することになるでしょう。

さらに、衛星やモバイル機器から提供される気象情報や地理的なデータを活用することで、火災が起きやすい環境や場所、時間などを事前に予測することができるようにもなります。こうしたことを活用して、消防署などの防災関係者に情報を提供するといった将来を描いています。

環境やヘルスケアの領域では、クラウドを活用することで、もっと幅広く、そして広い範囲で応用ができるようになるでしょう。もう1つ紹介したい技術があります。それは「セマンテックコンピューティング」です。

--セマンテックコンピューティングとは、どんなものでしょうか。--

ヘイ氏:例えば、「カサブランカ」といった入力した場合、土地の名前なのか、それともハンフリー・ボガードが登場した映画の名前を指しているのかを、コンピュータが理解するような研究です。これは、マイクロソフト、Yahoo!、Googleの3社が協力して展開しているSchema.orgを通じて行っているもので、言葉が定義される仕組みをコンピュータが理解し、利用者が求める言葉の意味をとらえて検索を行います。

--マイクロソフトリサーチにおいて現在、最もエキサイティングな技術は何でしょうか。--

ヘイ氏:1つはLAD(ラージ・アート・ディスプレイ)という技術です。これはブラウン大学のアンディ・バンク教授と共同で行っている研究ですが、Surface 2やスレートPCの技術を使いながら、壁に情報を表示し、壁に映し出された部分を両手で触ると、その部分を拡大して表示するといった使い方ができます。また、タブレットPCを操作用の端末として利用し、ここから壁に表示された画面に直接文字などを入力できます。現在、デモストレーションできるのはガリバルディパノラマと呼ばれる技術で、アートの領域で活用するものですが、アートだけでなく、科学分野や金融分野でも応用できる技術と言えます。

また、ビッグヒストリーという技術では、地球の歴史を1つの画面にすべて収めて、そこから知りたい情報にどんどん入っていくことができます。地理軸、ヒストリー軸、そして、生態的な進化といった観点で興味がある部分に入り込むことで目的の情報に辿り着くことができ、リッチインタラクティブ環境の実現につながるものです。

こうした数多くの技術が、近い将来の実用化に向けて、マイクロソフトリサーチでは開発されています。クラウド時代に入り、タブレット端末が登場したことで、研究開発のテーマもより進化しています。NUIに関する研究もまだ進化するはずです。そして、学術機関との連携もますます深いものになるでしょう。今後、マイクロソフトリサーチから登場する技術の実用化にぜひご期待ください。