東京工業大学(東工大)などの研究チームは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の放射光科学研究施設「フォトンファクトリー(PF)」を利用し、地震を起こさずにすべり続けるクリープ断層の要因である鉱物表面が、吸着水によって潤滑するメカニズムを解明したことを明らかにした。

同成果は東工大大学院理工学研究科の佐久間博特任助教、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科の近藤敏啓教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の中尾裕則准教授、東工大学大学院理工学研究科の河村雄行教授(現 岡山大学)らによるもので、米国化学会誌「Journal of Physical Chemistry C」(オンライン版)に掲載された。

地球のプレート運動に伴う岩石の破壊や断層すべりは、地震を引き起こす要因となっているが、中には地震を起こさずにゆっくりとすべり続けている断層「クリープ断層」がある。このような断層すべりの1つの要因として、粘土鉱物を主とする層状鉱物表面に吸着した水分子による鉱物同士の摩擦低下が考えられており、研究チームではこれまで、火成岩の構成成分であり、断層に含まれる粘土鉱物と類似の構造を持つ白雲母の鉱物表面に挟まれた塩化ナトリウム(NaCl)水溶液が、厚さ1nm以下まで圧縮されても潤滑性を示すことを実験的に明らかにしていた。しかし、そのメカニズムについては解明されておらず、世界的にも存在が珍しいクリープ断層のような鉱物表面の水による潤滑メカニズムの解明には原子スケールでの電子状態の解明が求められていた。

今回研究チームでは、白雲母とNaCl水溶液界面の構造を原子スケールで解明するため、X線CTR(Crystal Truncation Rods)散乱法と分子動力学(MD)計算を組み合わせて、構造解析を行った。X線CTR散乱法は、界面の電子密度分布を0.1nm以下の分解能で求めることができるが、同手法のみでは直接原子密度分布を知ることができないため、精密な原子間相互作用モデルを用いたMD計算の結果とX線CTR散乱の結果を比較することで、白雲母/NaCl水溶液界面の原子分布を求めた。

X線CTR散乱の測定は、KEK放射光科学研究施設PFのBL-4Cを利用し、MD計算は、佐久間特任助教と河村教授らが独自に開発した原子間相互作用モデルを用いることで実施。その結果、白雲母とNaCl水溶液界面では、ナトリウムイオン(Na+)と水が以下の構造を持つことが判明した。

  1. 白雲母表面から約1.2nm付近までは、その表面構造と性質の影響を受けて、NaCl水溶液中の原子密度が表面からの距離に対して振動している。
  2. Na+イオンに水分子が付加し(水和Na+イオン)、負に帯電した雲母表面上に吸着している。
  3. 白雲母表面に吸着した水和Na+イオンの第一水和圏(イオンの周りにいる最近接の水分子の範囲)は、表面から約0.5nmまで広がっている。

図1 白雲母/NaCl水溶液(0.5 mol/L)界面の電子密度分布。下はMD計算で求めた原子分布のスナップショットを示しており、電子密度分布と対応する原子種を比較することができる

これらの結果から、NaCl水溶液による白雲母表面間における摩擦低下のメカニズムについて、「白雲母表面間に挟まれたNaCl水溶液の厚さが1nm以下の場合、この距離が白雲母表面に吸着した水和Na+イオンの第一水和圏が接触する距離に相当するため、Na+イオンが水分子に囲まれて白雲母表面間に安定して存在し、水が存在することで著しい潤滑性が現れる」ことが見出されたという。

図2 白雲母表面に吸着した水和Na+イオン(黄色の場所は水分子の密度が高いことを表す)

なお、白雲母鉱物表面間に挟まれた水和Na+イオンは、数十MPaの差応力下でも安定に存在することが既にわかっており、今後、地殻内の広い温度圧力条件下でどの程度安定に存在するかを調べることで、地球プレート運動を含めた断層の物質科学の発展が期待されると研究チームでは説明している。