京都大学(京大)の竹島浩 薬学研究科教授、山崎大樹同特定講師らの研究グループは、小胞体カウンターイオンチャネルであるTRICチャネルが血管平滑筋において興奮性調節のシグナル伝達に参画することにより、血圧調節に寄与する機構を解明した。また、ヒトTRICチャネル遺伝子の一塩基多型が本態性高血圧の発症に密接に関与すること、ならびに高血圧リスク一塩基多型を有する高血圧患者は汎用される降圧薬に対して抵抗性を示すことも明らかにした。同成果は米国の医学誌「Cell Metabolism」(8月3日号)に掲載された。
細胞内小器官である小胞体はCa2+を貯蔵し、各種の刺激に応答してCa2+を細胞質へ放出する機能を備えている。小胞体Ca2+放出による細胞質のCa2+濃度上昇は恒常性や機能維持に重要で、筋細胞の収縮、伝達物質の放出、遺伝子の発現、細胞死や細胞増殖など様々な生理反応を制御している。
小胞体Ca2+放出を担当するイオンチャネルとしてはリアノジン受容体とイノシトール三リン酸受容体が知られており、それぞれ独自の機構によりCa2+を放出するが、両チャネルの開口に伴い陽イオンであるCa2+が放出されると、小胞体内腔に負の電荷が発生することとなり、以降のCa2+放出が抑制されることが推定されている。
生理的条件下で観察される数十ミリ秒に及ぶ小胞体Ca2+放出を持続するためには、この負電荷を中和する機構が必要であるとされており、この機構を担う分子であるカウンターイオンチャネルとして、一価陽イオン特異的なTRICチャネルが京都大学大学院薬学研究科にて同定されていた。動物においては、TRIC-AとTRIC-Bの2種類のTRICチャネルサブタイプが独自の組織特異的パターンにより分布しており、両サブタイプは3本の膜貫通セグメントを有して、核膜や小胞体膜内でホモ3量体を形成し、細胞内環境下では主にK+透過性チャネルとして機能している。TRIC-Aチャネルは筋組織や脳などの興奮性細胞群に高発現することが確認されていたが、その生理的意義については不明であった。
今回の研究では、TRIC-A遺伝子欠損マウスにおいて観察された高血圧に注目した。同変異マウスの血管平滑筋細胞では、小胞体膜上のリアノジン受容体と細胞膜上の大コンダクタンスCa2+依存性K+チャネルによる過分極シグナルが障害されており、興奮性の亢進による電位依存性Ca2+チャネルの異常活性化も確認されたことから、血管平滑筋の過分極シグナルはTRIC-Aチャネル、リアノジン受容体とCa2+依存性K+チャネルの機能共役により成立していることが判明した。
TRIC-A欠損マウスにおける高血圧。(A)は血圧テレメトリ計測によるTRIC-A欠損マウスにおける慨日血圧変動。(B)は昼期のテールカフ計測による過剰降圧薬による血圧降下作用(Pra:アドレナリンα1受容体阻害薬プラゾシン、Can:アンジオテンシンII受容体阻害薬カンデサルタン、Nic:電位依存性Ca2+チャネル阻害薬ニカルジピン、Ver:電位依存性Ca2+チャネル阻害薬ベラパミル) |
TRIC-A欠損血管平滑筋細胞における過分極シグナル異常。(A)はCa2+スパークを全反射顕微鏡にて測定したCa2+スパークの代表的データ。(B)はパッチクランプ法によるSTOC測定実験の代表的なデータ |
一方、正常血圧群と高血圧患者群におけるヒトTRIC-A遺伝子内の一塩基多型(SNPs:single nucleotide polymorphisms)を検討した結果、日本人の約7%で観察されるSNP型で本態性高血圧の発症が18%上昇することが明らかになったほか、この高血圧リスクSNPsを有する高血圧患者においては、一般に処方される降圧薬3種に対して抵抗性を示すことも明らかとなった。
このTRIC-Aチャネルが血圧調節に関与しているという発見は本態性高血圧の病態解明につながるもので、高血圧の予防、降圧薬選択や投薬量決定などの個別化医療への展開が期待されるという。