情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII)の山本喜久教授らの研究グループは、半導体チップ上に構成されたマイクロ共振器デバイスを用いて、d波ボーズアインシュタイン凝縮体を実現することに成功したことを明らかにした。同成果は「Nature Physics」(オンライン版)に掲載された。
ボーズアインシュタイン凝縮(BEC)は、摩擦を受けずに原子が流れる超流動現象、抵抗を受けずに電子が流れる超伝導現象の発現メカニズムと理解されているが、BECの物理の解明は超流動や超伝導自体の研究に比べ遅れていた。特に、理論的には可能な励起状態(d波)での凝縮に関しては、ほとんど研究が行われていなかった。
原因としては、原子を使った実験系においては、粒子の冷却の効率が良いために、基底状態(s波)への冷却が素早く行われ、仮に励起状態での凝縮が起こっていたとしても、観測が難しいことが挙げられる。その点、半導体中の励起子と光子の混合粒子である励起子ポラリトン系では、冷却時間と寿命が同程度であることから、励起状態で凝縮しているポラリトンの観測が容易であるほか、このポラリトン凝縮体からの発光を観測することで、凝縮体の運動量分布だけではなく、空間分布も正確に測定することができるとされている。
そこで、研究グループは、特殊な半導体マイクロ共振器デバイスを作製して、ポラリトンに対する弱い周期的なポテンシャル変調を実現。円柱型ポテンシャルを正方格子状に配置し、2次元正方格子ポテンシャルを構築し、レーザー励起によりデバイス中にポラリトンを注入した。
作製された半導体デバイスは、マイクロ共振器中に12 層の量子井戸が埋め込まれた構造で、レーザー光でポンプすることにより、共振器中の光子と量子井戸中の励起子の混合状態である励起子ポラリトンが注入される。
図1:半導体サンプルの概念図。AlAs/AlGaAs半波長半導体膜により形成されるマイクロ共振器中に、1層に4つのGaAs量子井戸が埋め込まれた量子井戸層が3層埋め込まれている。表面には、正方格子を形成する金属パターンが作り込まれている |
この半導体表面に薄い金属膜を蒸着することで、ポラリトンに対して弱いポテンシャル変調をかけることができる。弱い正方格子ポテンシャルが作るバンド構造における運動量空間の特囲点であるMと呼ばれる点の第4バンド(下から4番目のバンド)の状態は、エネルギー最小で、かつ下の状態(下から3番目のバンド)とエネルギーギャップがある。
注入されたポラリトンは、半導体を構成する原子の振動モード(フォノン)との相互作用やポラリトン同士の散乱により冷却されるが、周期ポテンシャルによるバンドギャップが存在すると冷却が非効率的となり、励起状態に蓄積される。今回、この励起状態におけるボーズアインシュタイン凝縮体を高解像度の実空間、運動量空間分布測定により読み出し、d波凝縮体となっていることが確認された。
また、実空間においては、d波凝縮体はトラップの中心に対して2回転対称性を持ち、トラップの中心ではポラリトンの分布が0、トラップとトラップの間に粒子密度のピークが存在する。一方、基底状態であるs波状態は、各トラップの中心に分布のピークを持ちトラップとトラップの間は分布が小さくなっており、この時、図3aおよびbの赤い線で囲まれた領域に対して、図の縦軸に沿ってポラリトンの分布をプロットしてみると、図3cのようになり、s波とd波ではポラリトン分布のピークがちょうど周期の半分だけずれていることが分かる。
同デバイスでは、ポンプレートを選ぶことで、金属超伝導体に見られるs波凝縮体と酸化物超伝導体に見られるp波凝縮体のどちらかを実現することが出来る。
図4:実験で得られたs波状態とd波状態の凝縮体中のポラリトン空間分布。図3で見た理論的予想の通りに、d波凝縮体のポラリトン分布(赤点)はs波凝縮体の分布(青点)と空間的に周期の半分だけずれていることを今回、実験的に確認したという |
半導体チップ上の2次元人工格子に形成された励起子ポラリトンのd波ボーズアインシュタイン凝縮体を実現した今回の実験は、量子シミュレータとしてのこの種の半導体デバイスの有効性を示すもので、研究グループでは、今後、新しい物性現象の発見に威力を発揮するものとの期待を示している。