T2K実験国際コラボレーションは、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の発生前までに取得した全データを解析したところ、電子型ニュートリノに起因すると考えられる事象を6事象発見し、世界で初めて電子型ニュートリノ出現現象の兆候を捉えたことを明らかにした。

「T2K実験」は日、米、英、イタリア、加、韓、スイス、スペイン、独、仏、ポーランド、ロシアの12カ国から500人を越える研究者が参加する国際共同実験で、日本からは高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京大学宇宙線研究所、大阪市立大学、京都大学、神戸大学、東京大学、宮城教育大学の総勢約80名の研究者と学生が実験の中心メンバーとして参加している。

T2K実験は、茨城県東海村に高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で建設した大強度陽子加速器施設「J-PARC」のニュートリノ実験施設において人工的に発生させたミュー型ニュートリノを295km離れた岐阜県飛騨市神岡町の検出器「スーパーカミオカンデ」で検出することで、ニュートリノが別の種類のニュートリノに変わる「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象を測定し、ニュートリノの質量や世代間(種類間)の関係など未知の性質の解明を目指す実験。

J-PARC 全景(航空写真)とT2K実験の概要。J-PARCでは、陽子をリニアックで加速後、3GeVシンクロトロンを経てメインリングに送り込む。陽子をキッカーとよばれる電磁石により内向きに蹴りだし神岡の方向に向けた後、ターゲットに衝突させニュートリノビームに変換、スーパーカミオカンデに向けて発射する。ニュートリノビームはJ-PARC内の前置検出器を用いても観測されているので、スーパーカミオカンデの観測結果と比較することで、ニュートリノが飛行中に別の種類に変わる「ニュートリノ振動」の研究が可能となる

中でも、ミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの振動(電子型ニュートリノ出現現象)の検出が最大の目的となっている。電子型ニュートリノ出現現象の発見は、今後のニュートリノ物理の方向性を決定づけるとともに、宇宙が反物質ではなく物質で構成されているという現在の宇宙の謎に迫る最大の手がかりを与えるものとなることから、多くの研究者が注目しており、世界的な競争となっている。

今回、T2K実験では、2010年1月の本格的な実験開始から2011年3月11日の東日本大震災による加速器施設の停止までの間に取得した全データを解析したところ、スーパーカミオカンデ内で総計88個のニュートリノ事象を検出。この内、6事象で電子の生成が検出されたという。

J-PARCニュートリノ実験施設

電子型ニュートリノが物質と反応すると電子が生成される。一方、電子型出現以外でも、ある確率で電子が生成されたとして検出される背景事象がある。今回のT2K実験において、この背景事象の確率を評価したところ、1.5事象であったため、今回検出した88のニュートリノ事象の中に電子型ニュートリノが出現したといえる確率は99.3%となり、これは電子型ニュートリノ出現現象の兆候を示唆する、世界で初めて得られた研究成果といえるという。

スーパーカミオカンデ検出器の概要

現在、J-PARCでは2011年内の実験再開を目指した取り組みを進めている。震災前までに当初の目標の約2%のデータを取得していたが、実験再開後に、当初の目的のデータ量を取得することで、今回捉えた電子型ニュートリノ出現現象をより確実に把握し、さらにT2K実験の特徴の1つである反ニュートリノを使った測定も実施することで、この現象の解明を世界に先駆けて行っていく計画。また、将来的には加速器の大強度化とともに検出器を高度化し、電子や電子の仲間の粒子と、それらから電荷をはぎとった中性のニュートリノからなる一群の粒子である「レプトン」の、物質と反物質の間で素粒子反応の性質が異なることを示す「CP対称性の破れ」の探索を行うことで宇宙の物質起源の謎に迫ることを目指すとしている。

T2Kの電子型ニュートリノ事象候補の1つ。円筒形をしたスーパーカミオカンデの展開図で、内壁に配置された光電子増倍管の内、光を捉えたものに色をつけて表示している。水と電子型ニュートリノ反応によって発生した電子が引き起こす電子・陽電子シャワーが発したチェレンコフ光がリング状に捉えられているのが分かる

なお、電子型ニュートリノ出現現象は、レプトンのCP対称性の破れの検出に欠かせない要件で、今回の測定結果は、将来の計画へ向けた第一歩を刻んだことも意味していると研究チームでは説明している。