京都大学らによる共同研究グループは、卵細胞で強く発現する転写因子注1Glis1を用いると、従来の方法に比較して効率よくiPS細胞(人工多能性幹細胞)を誘導できることを発見した。
同成果は、京都大学ウイルス研究所/同iPS細胞研究所/JST山中iPS細胞特別プロジェクトの前川桃子助教と京都大学物質-細胞統合システム拠点/同iPS細胞研究所/JST山中iPS細胞特別プロジェクトの山中伸弥教授の研究グループは、産業技術総合研究所バイオメディシナル情報研究センター/NEDO iPS細胞等幹細胞産業応用促進基盤技術開発の五島直樹主任研究員の研究グループとの共同研究によるもので、英国科学誌「Nature」で公開された。
山中教授の研究グループはこれまで、線維芽細胞にレトロウイルスベクターを用いて、4つの転写因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を導入してiPS細胞の作製に成功していたが、導入したc-Mycの影響と思われる腫瘍形成のリスクや、c-MycなしではiPS細胞の樹立効率が極端に低いことが示されていた。そのため、臨床応用に使用できるiPS細胞を効率よく作製する方法の確立のために、より安全で、かつ効率の良い新規初期化因子の探索を進めてきており、その過程で、五島研究員らが構築してきたヒトcDNAライブラリー(ヒトタンパク質発現リソース)から選出した1437個の転写因子を用いて、Klf4の代替因子として新規に18因子を同定した。
この因子はいずれもKlf4代替因子としての誘導効率は低かったものの、因子の1つである転写因子Glis1を、3因子(Oct3/4、Sox2、Klf4)あるいは4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)と一緒に、マウスやヒトの線維芽細胞に導入すると、効率よくiPS細胞を作製できることを発見した。
Glis1を3因子(Oct3/4、Sox2、Klf4)あるいは4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)と同時に、マウスやヒトの線維芽細胞に導入したところ、ES細胞(胚性幹細胞)と同様の多能性マーカー遺伝子を発現し、形態も類似したiPS細胞を効率よく誘導することができた。また、Glis1は、c-Mycによって誘導される初期化が不完全な細胞や形質転換された細胞の増殖を抑制していることが判明したという。
Glis1と3因子(Oct3/4、Sox2、Klf4)で誘導したiPS細胞は、奇形腫を形成(三胚葉へ分化能を証明)した。
また、iPS細胞由来キメラマウスは生殖系譜にも寄与できることが判明した。
さらに、Glis1から作成されたキメラマウスでは、c-Mycを用いて作製された場合のような顕著な腫瘍発生や短命化は認められなかったという。
加えて研究グループでは、このGlis1の機能解析を実施。Glis1を含む転写因子をマウス胎仔線維芽細胞に導入し、5日後の初期化早期に遺伝子発現解析を行ったところ、Glis1は初期化誘導に寄与することが報告されている複数の遺伝子の発現を促進することが分かり、Glis1がOct3/4、Sox2、Klf4とたんぱく質レベルで相互作用していることが明らかにされた。
また、Glis1はES細胞では発現レベルが低いことを確認し、マウスES細胞にGlis1を強制発現したところ、ES細胞の増殖が抑制されたことから、iPS細胞誘導過程において、細胞に導入された因子の発現が抑制されない初期化不完全細胞では、Glis1の発現が継続することにより、細胞の増殖が抑制されていることが示唆されたとしており、これは、増殖している細胞は、完全に初期化されたiPS細胞であることを示しているという。
なお、研究グループでは、これらの結果は、Glis1を用いることにより、安全性の高いiPS細胞を効率よく作製できる可能性を示しており、臨床応用に使用可能なiPS細胞作製方法の確立に貢献することが期待されるとしている。