科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「橋本光エネルギー変換システムプロジェクト」の但馬敬介グループリーダー(東京大学 大学院工学系研究科 講師)らは、東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 橋本研究室の研究グループと共同で有機薄膜太陽電池の界面構造を精密に制御することで、太陽電池の電圧を向上したことを明らかにした。同成果は、英国科学雑誌「Nature Materials」(オンライン速報版)で公開された。

有機薄膜太陽電池は、フレキシブル化が可能で、かつ軽く、そして印刷法が利用できるため製造コストを低く抑え大量生産が可能であるといった、多くの利点を有しているが、結晶系太陽電池と比べると、性能を表す発電効率は低いことが実用化への課題となっている。この原因の1つとして、有機物質同士の接合界面における構造や性質がよく知られておらず、制御が困難であることがあげられる。有機薄膜太陽電池では、光吸収により発生した励起子が、主に2つの有機物質の接合界面において、電子と正孔(ホール)に分離して電力を発生するため、この界面の性質が変換効率の向上に影響しているため、この界面の性質を明らかにし、さらに精密に制御できれば、有機太陽電池の変換効率向上への知見を得ることができると考えられていた。

有機物質の接合界面の性質を理解し、制御するためには、有機薄膜の表面の性質を明らかにし、その表面の性質を保ったまま有機界面を作製する必要があるが、現在、有機薄膜は主に有機溶媒を用いて塗布で作製されており、多くの方法が有機薄膜の積層時に熱や圧力を必要とするため、有機薄膜の表面の性質が変化したり、界面が混ざり合ったりすることが懸念され、界面の性質の理解および制御には適した方法ではなかった。そのため、有機物質の界面の構造や性質を保ったまま積層する技術によって界面の性質を理解し、精密に界面の構造を制御することが、有機薄膜太陽電池の変換効率を向上させるための課題となっていた。

今回の研究では、同プロジェクトにより開発された「接触転写法」という有機膜積層法を有機太陽電池の作製に応用することで有機界面の性質を理解し、制御することが可能であると考えた。

同転写法では、2つの有機膜の表面を分析・修飾した後に、表面同士を張り合わせて有機界面を作製することができることから、転写の際には熱や圧力をまったく必要とせず、転写前の表面の性質がそのまま界面に残っていると考えられ、界面の性質を理解および制御し、有機太陽電池の性能と関連付けることが可能と考えた。

同研究ではまず、同接触転写法を用いた、有機薄膜太陽電池の作製を試みた。透明電極であるITO基板上に、電子輸送層を作製し、さらに電子受容体であるフラーレン(PCBM)の膜をスピンコートした。次に、接触転写法により、電子供与体である高分子(P3HT)の膜をPCBMの膜上に転写し、最後にホール輸送層と金属電極を作製した。

図1 同研究で用いた半導体材料と、張り合わせによる有機太陽電池作成の模式図。PCBM(a)またはP3HT(b)にフッ素化アルキル鎖を有する材料を混ぜて、PCBMもしくはP3HT膜表面に電気双極子を作製。PCBMとP3HTの間に挟む電気双極子層((c)もしくは(d))の向きによって、界面に異なる方向の電気双極子を形成することに成功している

このように作製された二層型有機太陽電池を擬似太陽光照射下で測定したところ、良好な電流電圧曲線が得られたという。同結果から接触転写法で作製した界面でも電荷分離が可能であることが示され、有機界面を制御可能な有機薄膜太陽電池の作製に成功したことが示された。

次に、界面制御の具体的な例として、電気双極子の界面への挿入による開放電圧の制御を実施した。開放電圧は変換効率を決める重要な要素であり、界面でのエネルギー準位によって決定される。そのため、界面に電気双極子を挿入することができれば、その性質に応じて開放電圧が変化すると考えられる。そこで、研究グループで開発した有機半導体の表面修飾のための新方法(表面偏析単分子膜)を用いた。

同方法は、フッ素化アルキル鎖(テフロンなどの撥水性材料と同様の構造:図1c、図1d)を有する材料をスピンコート時に混ぜて、有機膜の表面に電気双極子を有する単分子膜を自発的に作製するというもの。同方法によってP3HTもしくはPCBM膜表面に電気双極子を作製し、表面分析によってその性質を調べ、接触転写法によってP3HT/PCBM界面に挟みこんだ(図1e)。

この結果、有機太陽電池の有機界面に異なる向きの電気双極子を挟み込むことに成功したほか、同デバイスの擬似太陽光照射下での電流電圧特性を調べたところ、界面における電気双極子の向きに応じて開放電圧の値が低下、もしくは上昇することが分かった。

図2 異なる向きの電気双極子を界面に持つ有機太陽電池の電流電圧曲線。図1で示されたとおり、界面構造を変えるだけで太陽電池の開放電圧が約0.9Vと向上することが分かる

このように有機界面に向きの異なる電気双極子を挿入し、開放電圧を制御した例は世界で初めてあり、さらに、同方法により、P3HT/PCBM系の有機薄膜太陽電池における、開放電圧の世界最高値を達成することにも成功した。

なお、同研究は、有機薄膜界面の性質を精密に制御し、開放電圧値の向上も達成し、界面の性質の制御と有機薄膜太陽電池の性能とを関連付けることに成功した初めての成果。同方法は原理的にはどのような材料にも適用できることから、今後、この方法で有機物質の組み合わせを変えること、または界面に電気双極子を挟み込むことにより、さらに電圧や変換効率の向上が期待できるという。また、この方法をもとに、今後さらに界面構造と電荷分離過程の関係を明らかにすることで、新たな有機薄膜太陽電池の性能向上や作製技術につながるものと期待されると研究グループでは説明している。