産業技術総合研究所(産総研)は4月6日、同研究所ナノシステム研究部門ソフトマターモデリンググループ福田 順一主任研究員が、スロベニアのリュブリャナ大学およびヨージェフ・ステファン研究所のSlobodan Zumer教授と共同で、強磁性体などの固体系などでその役割が注目されているスカーミオン格子を、薄い空間に閉じ込めた液晶という固体系とはまったく異なる系が形成しうることを理論的に明らかにした。同研究成果は、英国の科学誌「Nature Communications」(オンライン版)に掲載された。

液晶はその光学的特性、および状態の制御の容易さなどから、テレビや携帯電話などのディスプレイなどに幅広く用いられているが、その多くは、ある方向に一様に配向している状態の液晶(ネマチック相)を電気的に駆動してその光透過特性を変化させることで、その機能を実現している。

それに対し、近年ではコレステリックブルー相と呼ばれる、キラリティをもった液晶が3次元的に形成する複雑な秩序構造について、ネマチック相とはまったく異なる光学的性質を持つことなどから、その応用の可能性が注目されており、ディスプレイの試作やレーザー発振のデモンストレーションが行われている。特にディスプレイについては、コレステリックブルー相がネマチック相よりも速い電場応答を示すこと、液晶パネルの基板表面処理が通常のネマチック相を用いたディスプレイよりも簡単になることなどを理由に注目を集めているほか、コレステリックブルー相の基礎的な物性の理解もその応用のためには必要不可欠であり、それを目指した研究が各地で進められている。

図1 等方相、ネマチック相、コレステリックブルー相の模式図。コレステリックブルー相においては、2重ねじれ円筒と呼ばれる配向構造と線欠陥が入り組んだ構造をしている

今回の研究では、ディスプレイなどに用いられている液晶パネルにおける液晶層の厚み(数μm程度)よりもさらに薄い50~200nm程度の厚さの液晶層に着目し、コレステリックブルー相と等方相との間の相転移点により近い温度での振る舞いを調査した。

より薄い空間に閉じ込められた液晶は擬2次元的に振る舞い、本質的に3次元の構造をもつコレステリックブルー相とはまったく異なる構造が期待されること、相転移点に近いところでは、液晶中の欠陥の形成がより容易になり、新しい秩序構造の形成が可能になると考えられていたという。

実際に計算したところ、研究チームの予測通り、すでに知られているものとはまったく異なる種々の新たな秩序構造が、安定な構造として発見された。どの構造が安定になるかは、液晶層の厚さ、および温度に強く依存するという。特に、コレステリックブルー相の格子間隔よりも薄くて温度が相転移点に近い場合には、「スカーミオン構造」が6回対称性をもつ規則的な2次元格子を形成することが新たにわかった。

図2 今回の計算で得られたスカーミオン格子の構造。セルの中心面における配向構造を細い円柱で、液晶中に生じる欠陥の位置を赤の面で示している

6回対称性を持つスカーミオン格子はキラリティをもった強磁性体の薄膜(ここでは電子スピンが秩序構造の担い手)などで観測されており、それらの構造と類似性をもつが、液晶の持つ配向秩序の性質と強磁性体のスピンとの違いによる構造上の違いも存在する。これらの構造上の類似性、および相違は、強磁性体などの固体系と、液晶という固体系とはまったく異なる系との関係についての新しい知見をもたらすと研究チームでは説明している。

図3 スカーミオン格子の他に見いだされた種々の秩序構造

また液晶系は強磁性体などと違い、スカーミオン格子の実現に極端な低温などの条件を必要としないことが研究対象としての利点であり、電場、流れ場といった外的な要因による構造の変化がより容易に観察可能と考えられるという。

今回の研究による液晶の新たな秩序構造の発見により、液晶の新たな機能、応用の可能性を開くことが期待されるようになるほか、液晶を研究することで固体系など異なる系に関する知見が得られるかもしれないという期待がでてきたこととなる。そのため、研究チームでは今後、電場を印加した際に液晶がどのようなダイナミクスを示すか、その結果どのような光学的特性の変化を示すかなどの諸性質が、新たな秩序構造の応用の可能性を探索する基礎づけという点で重要であることから、そのような方向性で研究を展開していく方針であるとしている。