北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の下田達也教授とJSRらによる研究グループは、液体シリコンから高い半導体特性を有するアモルファスシリコン(a-Si)薄膜の作製に成功したことを明らかにした。

商用化されている太陽電池は、(単結晶やpoly-Siなどの)結晶Siを中心に、Si系ガスを用いた薄膜Si太陽電池、CIS系などを用いた化合物薄膜太陽電池などがあるが、一般的な家庭用電気料金に比べ、エネルギーコストが高く、コストパフォーマンスの低減を実現する既存技術の延長上にない異なる技術が求められていた。

研究グループでは、Siの固体、気体に続く第3の形態である「液体」に着目、液体シリコン材料(液体Si)から半導体や太陽電池を作製する研究を行ってきており、2006年には液体Siから高い性能を有するpoly-Si TFT(薄膜トランジスタ)を作り出すことができることを発表していた。

今回、研究グループでは、液体Siの出発原料であるシクロペンタシラン(CPS:Si5H10)の重合過程を実験と理論面から研究を行い、CPSの重合体であるポリシランの分子量分布、その液体中での形態、経時変化などを正確に把握することに成功したほか、ポリシランを溶かす適切な溶媒も発見、塗布プロセスに安心して用いることができる液体Siとして「Siインク」を開発した。

開発された3種類のSiインク。Bをドープしたp型のSiインク(左)、i型(真性)Siインク(中央)、Pをドープしたn型Siインク(右)

また、これまで困難であった液体Siから制御性良くポリシラン膜を基板上に形成することに対して、塗布プロセスの基本に立ち返り、分子間力の基本パラメータであるハマカー定数(Hamaker Constant)を算出し、制御性の良いポリシラン膜の形成技術を確立した。これにより、欠陥のない均一なポリシラン膜を基板上に形成できるようになり、膜厚も制御できるようになったという。

液体Siから作成したa-Si薄膜

ポリシラン膜は加熱すると脱水素で固体のSiになるが、その際、ポリシラン中のSi原子は4本の結合手を一旦切り離し、再度Si原子同士で結合する。これは未結合手(ダングリングボンド:dangling bond)を生み出す過程であり、従来はポリシランから良質のアモルファスSi薄膜は作製できないとされていたが、研究グループでは、分子量、液体状態、塗布プロセス、焼成条件を詳細に見直すことで、ダングリングボンドの低減(1×1016/cm3)に成功、Siインクから高い半導体特性を有するa-Si薄膜を作製することに成功した。

液体Siから作製したa-Si薄膜の半導体特性改善の経緯半導体特性の指標として光伝導度を縦軸にとってある。光伝導度の改善は、欠陥の低下と移動度の上昇を示している

これらの技術を用い、研究グループでは、p-i-n型の薄膜太陽電池の試作を実施。pおよびn膜に関しては、BとPを液体ドープした材料を開発し、それを焼成して得たドープドa-Si薄膜が電気的活性を示すことを確認した。

試作した太陽電池セルの構造

p-i-n型の界面形成に対しては、薄膜を形成する温度(約400℃)で、BとPが真性Si層に拡散せずに界面が形成できる条件を突き止め、良質なp-i-n型の界面形成に成功。薄膜太陽電池を試作して、プラズマ誘起CVD(PE-CVD)法で作製した太陽電池と比較すると、真性Si薄膜のみを液体プロセスで形成したセルでは現状のPE-CVDセルで70%の効率、p-i-n三層を液体プロセスで形成したセルでは20%の効率を得たという。

左が試作した太陽電池の電流電圧特性、右が効率の実測値、膜厚換算した効率、そしてCVDセルとの比較した達成度(膜厚換算は膜厚3倍で効率2倍として行っている)

研究グループは今後、Si薄膜のさらなる高品質化、セルの作製技術の向上、最適セル構造の開発などを行って高効率化を目指すほか、併せて、塗布・焼成プロセスの技術確立、Siインクの低コスト化などを進めることで、総合的な低コスト化を実現する計画としており、JSRのほか、国内の太陽電池メーカーを加えた研究グループで実用化に向けた研究を進め、現在の商用電力と同等のコストを可能にするコストパフォーマンスの高いSi太陽電池の製品化を目指すとしている。

また、同研究成果は、これまで真空・気相プロセスによってSi薄膜を作製していた分野、例えば液晶ディスプレイ用のTFT製造などにおいても、材料使用効率の向上、製造時間の短縮化、製造装置の簡略・小型化、Si材料の保管・輸送の簡略化、などによる製造ならびに工場建設そのものを改善する可能性があると研究グループでは説明している。