理化学研究所(理研)は、東京理科大学、大阪大学、早稲田大学、東京工業大学、九州大学、東京大学、日本原子力研究開発機構、ミシガン州立大学、ローレンス・バークレー研究所、INFN研究所、ミラノ大学、ミュンヘン工科大学、ヨーク大学、サリー大学による共同研究として、理研仁科加速器研究センターが推進している大強度重イオン加速器施設「RI ビームファクトリー(RIBF)」を用いて、クリプトン(Kr:原子番号36)からテクネチウム(Tc:原子番号43)までの放射性同位元素(RI:ラジオアイソトープ)を発生させ、38個の中性子過剰なRIの寿命測定を行った結果、そのうち18個は、質量数110近傍の寿命データを標準的な理論予想と比較すると、予想よりも2~3倍以上速く崩壊することが判明したことを明らかにした。米国の科学雑誌「Physical Review Letters」にされ、オンラインでも掲載されたもので、この短い寿命は、超新星爆発で重元素合成過程(r過程)の速さに影響を及ぼすことから、これまで謎となっていた理論予想での「重元素生成量の不足問題」への解決の糸口となると研究グループは説明している。
原子核は、原子の中心に位置した陽子と中性子の固まりで、それらの個数により原子核の性質が決まり、金、鉄など自然に存在する安定な原子核が約300個存在するが、理論的には約10,000個の原子核が存在するといわれ、そのほとんどが放射線同位元素(RI)と呼ばれる不安定な原子核とされる。
こうした元素は、いかにして創られたのかという謎を解くヒントは、太陽系に存在する元素の量(元素存在度)、特に鉄より重い質量数(質量数A>70)における特異な幅広のピーク構造にあり、この構造は、太陽系が誕生する以前に重元素合成過程(r過程)が起きた痕跡だと考えられている。
このr過程の特徴は、超新星爆発あるいは中性子星の衝突など、多量の中性子が存在する環境で発生する急速な中性子捕獲反応とβ崩壊にあり、そこでは、軽い原子核から重いウラン領域の原子核まで、数千種もの中性子過剰なRIが一挙に生成されたとされる。それらのRIは、中性子の密度や温度の低下に伴ってβ崩壊を起こし、現在の世界を構成する安定した原子核に落ち着いたと考えられているが、その詳細なメカニズムは謎に包まれたままで、理論計算による超新星爆発の再現もいまだに成功した例がない。
太陽系の元素存在度および標準的な原子核理論を取り入れた超新星爆発におけるr過程の元素合成分布(理論計算)。太陽系の元素存在度の観測データと比較して、理論計算は第2ピーク、第3ピーク下辺(質量数110~125、~180)で1桁以上の過小評価をしている。また、金(質量数197)など質量数が140以上の重い領域でも、少ない見積もりをしている |
このr過程の問題を解く鍵は、数千種という中性子過剰なRIの寿命、質量、中性子放出確率の大規模なデータ収集にあり、すでに消失した非常に中性子過剰なRIの再現が必要となる。1980年代から、欧州・米国の研究機関・大学を中心に実験が行われてきたが、これまでの加速器ではRI生成能力の不足という技術的な課題により、通常の安定核より10~20個の中性子過剰なRIを生成することができず、r過程経路上の中性子過剰なRIの測定に届いていない状況にあった。
そのような中で理研は、2007年にRIBFおよび高性能粒子運送・識別能力を特長とする超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)を完成、2010年には45種の中性子過剰なRIを発見しており、今回の成果は前回の成果に続き、最初のβ崩壊実験として、質量数110近傍(中重核領域)の中性子過剰なRIの寿命測定を実施したというもの。
核図表。白い丸は寿命の測定に成功した38個のRI。赤い丸は今回の測定にて世界で初めて寿命測定した18個のRI。今回、超新星爆発における重元素合成過程(r過程)の経路上のRIに初めて実験的に踏み込むことに成功した |
元素存在度の第2ピークより質量数が少ないこの領域は、理論計算値が超新星爆発のr過程の時間や元素存在度が観測データと一致せず、さらに重い領域の金や鉛などの重元素生成量と密接な関係がある。RIは、安定な原子核と比較して陽子または中性子の数が違うほど一般に不安定になり、寿命が短くなり、不安定な原子核の寿命は、原子核を一度捕獲し、崩壊に伴い放出される粒子(β線、α線、γ線)の放出時間を調べる方法で測定される。研究グループでは、質量数110近傍の中性子過剰なRI を生成するために、超伝導リングサイクロトロン(SRC)を主体にしたリングサイクロトロン群で光速の70%となる核子当たり345MeVまで加速した238Uビームを利用。毎秒109個の大強度の238Uビームを標的となる9Beに照射、核分裂反応で、さまざまな陽子、中性子の数を持つ不安定な原子核を生成した。
生成した不安定核の中から、中性子過剰な97Krから117TcまでのRIをBigRIPS、ZDSで分離、ビームとして取り出し、同ビームを、寿命測定装置内の約1cmのアルミニウム板で減速し、最後にβ線検出器に打ち込むことで捕獲した。
生成したRIの粒子生成とその識別 |
理研が独自に開発した高性能・寿命測定装置。生成したRIビームを、2次元位置検出型シリコン半導体検出器からなるβ線検出器に打ち込む。その後、RIはβ崩壊して壊れる。その崩壊の際に放出される放射線(β線)を効率的に測定し、寿命を決定する。γ線検出器は、原子核の励起状態から放出されるγ線のエネルギーを測定し、中性子過剰な原子核の核構造について詳細に調べる |
β線検出器は、2次元位置検出型シリコン半導体検出器(5cm×5cm、厚み1mm、計9枚)で構成され、RIの打ち込み時間と停止位置を測定。粒子識別を行ったRIを打ち込んだ時間および停止位置を1個1個記録し、RIが埋め込まれた位置から崩壊に伴い放出されるβ線の放出開始時間と停止位置を測定。打ち込んだ時間と放出開始時間の時間差分布を個々のRIについて調べ、統計処理により、寿命を決定した。
この結果、質量数110近傍の中性子過剰なRIの寿命データを標準的な理論予想と比較すると、予想よりも2~3 倍以上も速く崩壊することが判明。超新星爆発で作られる元素の量は、中性子過剰なRIの寿命と密接に関係しており、今回判明した短い寿命は、r過程がこれまでの想定以上に速く、重元素領域へと駆け上がっていくことを示唆していると研究グループでは説明しており、これまで謎となっていた理論予想での「重元素生成量の不足問題」への解決の糸口を見いだす成果の1つとなるとしている。
KrからTcまでの寿命の中性子過剰度依存性。非常に中性子過剰なKrからTcの寿命を測定。赤線は標準的に利用されている理論予想値。三角データは過去の測定値に対応し、赤丸は理研のRIBFを利用して収集したデータ。ZrとNbは、標準的な理論の予想値と比較し、2~3倍以上も速く崩壊することが判明した(緑色) |
なお、研究グループでは、今回の成果は、約3日間にわたる測定のうち、8時間分の実験データを解析した結果であり、γ線測定のために収集した残りのデータの解析も現在進めており、原子核の変形に関する成果が得られてきたことから、今後は加速器のビーム強度をさらに4,000倍に増強することを目標とし、より多くのRIデータの取得による元素誕生の謎の解明に向かった挑戦を行っていくとしている。