産業技術総合研究所(産総研)は、加熱することなく光を照射するだけで、固体から液体へと融解(相転移)し、さらに元の固体状態に戻すこともできる有機材料を開発したことを明らかにした。

水に見られるような、固体(氷)-液体(水)-気体(水蒸気)の状態変化は、あらゆる物質の基本的な性質であり、通常は熱の移動(温度の変化)によって生じる現象である。一方、光を照射することで、物質の状態が変化する材料に感光性樹脂がある。これは光によって液体から固体、固体から液体への変化などが生じるもので、印刷用の製版やエレクトロニクス分野での微細加工技術(フォトリソグラフィ)などに用いられている。しかし、感光性樹脂のほとんどは、光重合反応や光分解反応を利用しているため、一度使用すると元の状態に戻すことができず再利用できず、グリーン化の進展という意味などの観点から、再利用に向けた取り組みが求められていた。

産総研では、再利用可能な可逆的反応性をもつ光応答性材料の開発に関連して、光異性化反応を起こす代表的な分子であるアゾベンゼンに注目。アゾベンゼンは紫外光を照射すると、トランス体からシス体へ構造が変化し、逆にシス体は可視光を照射するか加熱するとトランス体へと戻る。この現象は、一般的に溶液中でだけ起き、結晶中ではほとんど起きない。これは、分子が結晶中では周囲の分子にブロックされて自由に動けず構造変化が阻害されるためである。近年、結晶中での光異性化反応が起こるまれな例として、光によって形が変わる結晶などが報告されているが、固体から液体に可逆的に変化するような現象の報告はなく、そのような現象がそもそも原理的に可能かどうかすら明らかになっていなかった。

今回、研究チームでは、まず固体と液体の中間ともいえる液晶状態から液体状態への光による相転移の研究を行うため、2種類の新規有機化合物を合成した。これらの有機化合物は、アゾベンゼンを環状に連結して適度に柔らかい側鎖を付け加えた構造の化合物で、分子内の複数のアゾベンゼン部位の光異性化に伴って、分子全体の形状が変化する。これらの化合物では、液晶状態から液体状態への光による相転移のほかに、結晶状態から液体状態への相転移も確認できた。

アゾベンゼンの光異性化反応。トランス体とシス体の間で可逆的に光異性化する

偏光顕微鏡による観察
光学顕微鏡による観察

偏光顕微鏡の写真を見ると、熱でこれらの物質を融解させるには、100℃以上の温度が必要であるが、室温状態で光を照射した部分だけが融解していることがわかる(融解した部分は結晶に特有の複屈折が消失して等方的になるので、偏光顕微鏡写真では黒い暗視野として観察される)。

開発した2種類の有機化合物の構造式(上)と、それを用いた相転移の模式図(下)。紫外光や熱によって固体状態(左)と液体状態(右)の間を相転移する

有機化合物1(上段)と2(下段)の25 ℃における偏光顕微鏡写真(膜厚は5μm)。紫外光でシス体構造に変化し液体になる(黒く観察された部分)。また、熱でトランス体構造に変化し固体へ戻る

また、光反応の効率の高い微結晶粉末を薄膜化することで、結晶の融解の光学顕微鏡観測にも成功している。この状態変化は、照射する光と温度の2種類の条件を制御することで、何度も繰り返して起こすことができる。これらの結果から、適切な分子設計によって、結晶中での光異性化反応が可能になり、その反応によって結晶中の分子配列の秩序性が乱され、融解、すなわち液体状態への相転移が起きることが明らかになった。

今回の成果は、通常では加熱によってだけ起きる固体から液体への状態変化が、光異性化反応で起きることを示した世界初の報告と産総研ではしており、今後、光で物質が融解するという、物質科学的に興味深いこの現象のメカニズムの解明を目指し、反応の詳細な解析や、類似の有機化合物についての検討を行うことにより、分子構造と性質との関連について取り組んでいくほか、外部へのサンプル提供を視野に入れながら、大量に合成する手法の確立を目指す。また、それと並行して、光で融解する現象を活用した、繰り返し使用が可能であるフォトリソグラフィ材料や、光を当てることで容易にはがれる接着技術などへの応用についても検討していく予定としている。