日立製作所と北海道大学(北大)は9月21日、国家プロジェクトである「最先端研究開発支援プログラム」の採択を受けて、陽子線がん治療システムの共同開発契約を締結し、日立が同システムを北大に納入することで合意したと発表した。
今回の取り組みの概要を説明する北海道大学大学院医学研究科 病態情報学講座放射線医学分野の白土博樹教授 |
同支援プログラムは、全国565件の応募の中から、2010年3月に開催された総合科学技術会議において「中心研究者及び研究課題」として30件が決定。北大からは、同大学院医学研究科 病態情報学講座放射線医学分野の白土博樹教授の「持続的発展を見据えた『分子追跡放射線治療装置』の開発」が採択されていた。
これは、「動体追跡技術」と「スポットスキャニング照射技術」の組み合わせにより、呼吸などで位置が変動する腫瘍に対して精度よく陽子線を照射することが出来る小型の陽子線がん治療システムを開発しようというもので、北大では同システムを用いた治療施設を北海道大学病院(北大病院)敷地内に建設することを予定している。同施設は2011年度に着工、2014年3月に完成、北大病院の新施設として治療を開始する予定。
注:白土博樹氏の『土』は正しくは土の右上に『`』が入る形となります
陽子線がん治療は、放射線によるがん治療法の1つで、水素の原子核から分離した陽子を加速器で高速に加速、腫瘍に集中して照射することでがんを治療するというもの。治療に伴う痛みがほとんどなく、身体の機能と形態をそこなわないため、治療と社会生活の両立が可能なことから注目されているが、肺や肝臓のような体幹部の腫瘍では、呼吸性の移動などにより患部が位置を変えるため、腫瘍位置をリアルタイムで捉え、そこに正確に放射線を照射する必要があった。
白土教授は、移動する腫瘍近傍に刺入した金マーカーの位置をX線透視画像で自動的に把握、予定位置に腫瘍が来た時にのみ放射線を照射する「動体追跡技術」を開発したほか、同技術を採用した4次元X線治療装置の開発にも成功している。
一方、日立は腫瘍の形状に合わせて高い精度で陽子線を照射することが可能な「スポットスキャニング照射技術」を2008年5月に実用化、米国のM.D.アンダーソンがんセンターに納入するなど実績を持っている。
今回の協業は、この動体追跡技術とスポットスキャニング照射技術を組み合わせ、呼吸などで位置が変動する腫瘍に対して精度よく陽子線を照射することが可能な陽子線がん治療システムを開発しようというもので、X線よりも熱線分布の集中性が優れる陽子線を用い、両技術を組み合わせることで、より精度の高い照射が可能になることから、「従来、動く範囲を仮定して大きめに放射線を照射していたために必要であった正常組織の放射線障害へのリスクを軽減しながら、6cm以上の腫瘍サイズでも治療が可能となる」(白土教授)。
日立製作所 電力システム社 放射線治療推進本部長の中村文人氏 |
また、「スポットスキャニング技術により、従来患部のサイズまで拡大していたフィルタやコリメータ、ボーラスは不要となるため機器の小型化および中性子の発生抑制が可能となるため、小児がんの治療も容易になるほか、放射性廃棄物の削減も可能となる」(日立製作所 電力システム社 放射線治療推進本部長の中村文人氏)とのことで、今回北大病院に納入されるシステムは加速器も含めて奥行き23m、幅27mと従来の約6割にまで縮小することが可能となっており、「量産に際しては、すでに建設済みの病院などにも入れようと思えば、入れられるサイズにできる」(同)との見方を示し、すでに一部の病院などから検討したいとの連絡も受けているという。
なお、北大病院で放射線治療を受けるがん患者は年間で800~1000人程度とのことで、同システムが稼働すれば、この内の200~300人程度が新システムでの治療を受けられるようになるとのこと。これまでも約1000人程度の患者を見てきたことを考えると、その300人程度は新たな患者として増加しても良いように思えるが、白土教授は「実際問題として、いくら良い機材が揃っても、患者のケアなどを含めれば医者が絶対に必要であり、そうした意味では技師などを含めて、医師不足の状態」と、人材が不足していることを指摘、「システムの稼動に併せて、今後はそうした人間の育成も進めることで、より多くのがん患者が健全な身体を取り戻す手助けを進めていきたい」と今後はハード、ソフトの両面でより充実した医療の実現を目指していきたいとした。